見出し画像

短編小説0048 呼ばれる山 1712文字 3分読

カランコロンと熊よけの鈴の音が聞こえてきた。
オレより先を歩いている人のものだ。

オレの方が足が速いようで段々と近づいてきている。

もう間もなく追いつきそうなくらいに音が近づいた感じだが、姿が中々見えない。

「カランコロン」

かなり大きい音になった。
もう隣りにいてもおかしくない位の大きな音だ。

「おかしいな?」

そう思ったと同時に音が止まった。

感覚的に、その音を追い越すような位置関係だと思うが、どうやら違うようだ。

音の主は小便をするため、藪の中に潜ったのだろうか

暫く歩くと、今度は下から音が近づいてくる。
かなり速いペースで近づいてくる。

「さっきの人かな、すごい健脚だな」

内心感心しながら、自分はマイペースを貫く。
音が近づいてくるが、曲がり道か多い山なので、振り向いても人の姿が見えない。

いよいよほんの数メートルだろうと思うところまで音が近づいてきた。
道は狭いので一旦停止して、鈴の音の人に先に行ってもらおうと脇に身を寄せた。

「カランコロン」

今まさにオレの横を通り過ぎている音が聞こえる。

でも人間がいない。

なんだ?なんだ?人が見えない?

気味が悪かったが、もうすぐ夕方に差し掛かるので足を速めた。

オレは鈴の音を追いかけるような形になったが、どんどんと遠ざかり次第に聞こえなくなった。

「幻聴か?オレは疲れているのか?」

まだ陽が明るい内に目的地にたどり着けた。
計画通り、ここで一泊して翌朝山頂を目指す。
まずは一安心。
一人用のテントを造り、夕飯とお楽しみの晩酌の準備だ。

オレ以外にも一組、老夫婦がテントを張っていた。
すれ違いに会釈をするも、反応が無く愛想がよくない。だから特にコミュニケーションはとらなかった。

「不愛想だな。山登り人には珍しいタイプだな」

翌朝、まだ暗い内から起きる。
しっかり寝れた。
テントをたたみ。計画した時刻通りに出発できた。

老夫婦のテントは無くなっていた。
オレより一足先に山頂へ向かったのだろう。

この山頂から見るの日の出は絶景だ。
何度も来たことがあるけれども、何度見ても感動は色褪せない。
会社での激務もストレスもこの絶景を見れば全て忘れられる。

まだ日が昇るには1時間以上あるから夜同然の暗さだ。

「カランコロン」

またクマよけの鈴の音が聞こえてきた。

恐らく、先に出た老夫婦のモノだろう。

オレが追いかける形で、段々と音が近づいてくる。

老夫婦のヘッドライトが二つ見えてきた。

「今度は本物の人間だな」

少し明るくなってきた。もう少しで日の出の時間だ。

ふと、意識が飛ぶような感覚になった。

「あれ、今どこを歩いているんだ?」

頭を軽く振る。先を行く老夫婦のヘッドライトが見える。
あれを目印に歩いていけばいい。

でもなんだ?
頭がボーっとする。眠い。
夕べはしっかり寝たのに。どうしたんだ?

何とかヘッドライトを頼りに道に迷わず、山頂までたどり着けた。

「ああ、何だこのだるさは・・・。ハアハア」

あの老夫婦が居なければ道に迷っていたかもしれない。
ああ、どういうことだ?体調万全なはずだったが・・・。
登ったは良いが、降りられるか?

オレは山頂の薄暗い絶景の中、人がちょうど良い位置で座れる石に腰掛け、肩で大きく息をしていた。

ふと老夫婦の方を見ると何やら合掌して祈っているような格好をしている。

「何妙・・・・」

お経を唱えているようだ。

日の出がもう間もなくだ。



「・・・亮太を安らかに眠らせてください」


その老夫婦はオレの名前を口にした。
一瞬ドキッとした。

「ああ、もしかしたら息子さんがこの山で命を落としたのかな。オレと同じ名前の亮太さんが。供養登山か・・・」

オレは益々頭がボーっとしてくる。

なんだこれは?

老夫婦の方をじっと見る。


「あれ?あれ?なんで・・・父さんと母さんじゃないか・・・」


「どうか、どうか、亮太を・・・」


老夫婦は静かに涙を流していた。



「あああああ・・・意識が溶けていく・・・感覚がなくなっていく・・・」

オレは頭がぐるんぐるん回る中、自分の体が自分ではなくなるような、消えていくような感覚を覚えた。

「思い出してきた。オレは滑落したんだ・・・。そして・・・まさか・・・死んだんだ・・・」

朝日が差してきた。
日の出が始まった。

その光がオレを徐々に消していった。




おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?