最新設備の補聴器店を作ったので、補聴器店の作り方をご紹介します。#050
補聴器専門家で、実耳フィッティング普及活動家で、補聴器店経営者の大塚です。
最近はコロナ感染流行の話題がニュースを騒がすことも減り、落ち着いてきました。皆様のお店や補聴器外来の様子はいかがでしょうか。
元々、補聴器マガジンは、コロナ感染流行に対し緊急事態宣言が出され、医療機関も補聴器業界も騒然としていた2020年6月に企画がはじまりました。
当時、高齢者が外出を控え、私の店でも閑古鳥が鳴いており、ヒマになった僕は「世のため、何か役に立てればいいな〜」という軽い気持ちで、Twitter上に無料の質問箱コーナーを始めました。
難聴当事者の方、そのご家族、もしくは若い補聴器技能者向けに、僕に出来る範囲で質問やお悩みにお答えしていこう。そうして一人で始めたボランティアでした。
あの頃、誰もが外出を控えており、どうしていいか分からず、そしてヒマだったのでしょう。大量の質問をいただき、一つ一つの質問に出来るだけ丁寧な答えを返していました。
そんな時、同じくTwitterをよく使う中川さんからご連絡をいただきました。
「大塚さんのTwitterの質問箱を見てるけど、あれを無料でやるのはもったいですよ。大塚さん、あれくらいなら30分で書けるでしょ?一緒に補聴器フィッティングのWebマガジンやりましょうよ。ちゃんと残る形の情報発信していきましょう」
読者の皆さんはご存知の通り、中川さんはディロンの補聴器ハンドブックを監訳された耳鼻科医師ですから「すごい人に声をかけたいただいたなー、恐れ多いな~」という思いもありましたが「たしかに若い人を育てなきゃいけないのは間違いない。それに30分で書けるくらいの記事、質問箱と同じクオリティでいいなら続けられるかな」と、マジメな気持ち半分、軽いノリと勢い半分で、補聴器マガジンの発刊となりました。
未だかつて30分で書けたことは一回もありませんけども、読者の皆様に支えられて、補聴器マガジンは発刊から2年になります。
発刊当時に目指したことは今も変わりません。
1)資格取得から1~3年目の補聴器技能者や言語聴覚士の方に向けて、実践で役立つ知識を提供していきたい。
2)学びたいと思った人が、自分のタイミングで学びたいことが学べるようにしよう。
3)日本の補聴器フィッティング全体のレベルを上げていきたい。
この3つを目指して、補聴器マガジンは今後も続けてまいります。読者の皆様には、今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
最新設備の補聴器専門店を作りました。
さて、わたしのTwitterをご覧いただいている方はご存知かも知れませんが、弊社の本社ビルを建て直して、最先端設備の補聴器専門店を作りました。
実験や研修施設も兼ねており、色々な設備を入れたら総額9000万円以上というお値段になりました。
計画書にハンコを押すときは、ちょっとだけ手が震えましたけども、これまで以上に聞こえに困っている方のお役に立ち、また実耳測定による補聴器フィッティングに興味を持っている皆様と一緒に、業界発展に貢献できればと考えております。
今回は以前からご要望いただいていた補聴器店の始め方や作り方、設備投資について、前後編に分けてご紹介させていただきます。
実耳測定のトレーニング環境
これから補聴器店を始めようと思う人の多くは「最高のサービス」を提供しよう!「理想のフィッティング」を実現しよう!という志をお持ちだと思います。
理想のフィッティングの中には、もちろん実耳測定が入ることでしょう。
もし今まで実耳測定をやったことがなく、実耳を使った補聴器フィッティングの経験がなければ、練習が必要です。
練習せずに、いきなりお客様の外耳道にプローブチューブを入れるというのは、フィッターとして、とても怖く感じることだと思います。
昔々、僕と僕の会社のベテランスタッフたちが初めて実耳測定を導入した時は、お互いに自分の耳を貸して練習に取り組みました。
最初は上手く出来ず、プローブチューブが外耳道に当たりチクチクと痛くなり、練習なのに遠慮してしまうという悪循環で、技能習得には時間がかかりました。
何か、良いトレーニング方法はないものか?と補聴器販売店協会が提供してくれる耳型採取用の模型を使ったりもしたのですが、あまりスムーズにはいきませんでした。
インターネットの海を探すと、世界には同じ課題を感じている人がいるもので、下の写真のような素晴らしい模型を見つけることが出来ました。
それが実耳測定トレーニング専用の頭部模型!カールくんです!
カールくんは、両耳に鼓膜までの耳形状と外耳道共鳴を再現したパーツがついています。裸耳利得もしっかり測れます。
頭の蓋を開けると、中には小さなカメラが置いてあり、プローブチューブの先端が鼓膜までどれくらい近づいているのか、もしくはぶつかってしまっているかも映像で分かります。
カールくんを使うと、未経験者が実耳フィッティングを習得するまでの基本的な流れは次のようになります。
①カールくんを使った鼓膜面上の実耳挿入利得の実演。
メーカーの補聴器調整ソフトだけを使った時、NAL-NL2としてファーストフィットした時、カールくんの鼓膜にはどんな音が届いているのか?
②カールくんを使った耳せん選定エラーを発見するテストの実演。
処方式の目標通りの音が鼓膜に届けられない場合の原因の一つには、耳せん選定エラーがあります。そのため、補聴器メーカー各社の調整ソフトにはフィードバックテストが含まれています。しかしメーカーの調整ソフトは、ハウリング抑制機能がある前提で、ピーピーと音が鳴らないかを調べていることがほとんどです。
調整ソフトでは、耳せん選定のエラーを正確には測定できません。
実耳測定の一種、実耳閉鎖効果検査(REOGテスト)をカールくんで実施すると、耳せんの適合具合が正確に分かります。
これは補聴器技能者としては、ちょっと怖いことで、耳鼻科医や言語聴覚士がこの検査を知ると「耳せんの不適合が悪い」ということが、簡単に見つけられてしまいます。
③カールくんの耳を使って、プローブチューブ単体を正しい深さまで挿入する実技練習。
④カールくんの耳を使って、イヤチップ、シェル、イヤモールドなどの耳せんをプローブチューブと一緒に挿入する実技練習。
⑤補聴器調整ソフトを操作して、目標利得通りの音を鼓膜に届ける実技練習。これもカールくんを使うので、ゆっくり時間をかけても大丈夫。
⑥上記の5番までをカールくんで、手早く、確実に出来るようになってから、講師もしくは受講者同士が被検者役を務めて、実耳測定の練習。
こんな流れでカールくんを使いながら、順序だてて練習すると安心して取り組めますし、自信がつきます。
自信がつけば、クライアントの耳にも堂々とプローブが挿入できるようになります。
おのずとミスも減り、自分から積極的に実耳測定するようになり、機会が増え、さらに経験が積まれ、とポジティブスパイラルが動き始め、どんどんレベルアップできるのです。
補聴器の新人、経験者問わず、これまで何人かに実耳測定を教えてきましたが、最初の練習の時期に不安を覚えてしまうと、どうしてもクライアントを目の前にした時に遠慮してしまい、実耳測定をやらなくなってしまいます。
実耳測定の未経験者が最初の段階で安心して何度でも練習できる環境は大切かな、と思い、今回、カールくんを導入しました。
防音室の話
補聴器店をつくる時、値段と効果がよく分からず、お金がかかり、選び方が難しいのが防音室だろうと思います。
既製品の電話ボックスタイプの類であれば、値段は明確ですから安心できそうです。
ヤマハとリオンと河合楽器などの防音ボックスのメーカーに問い合わせて、スペック表をよく読んで、相見積を取って、導入する。
さて、これで十分なのでしょうか?
防音室はまず遮音!部屋の中を静かにしよう!
補聴器店を作るときには、まず防音室のスペック表の読み方によく注意して下さい。
基本的に防音室の性能というのは、部屋の外で発生した音を、何デシベル減衰できるか?という表現になっています。
しかし補聴器販売店協会の資料、もしくはテクノエイド協会による認定補聴器専門店の認定基準は、防音性能ではなく、防音室内のノイズの音圧が重要とされています。
なお医療機関でも、診療報酬上の簡易聴力検査を行う部屋について下記のように決められているそうです。
どちらも遮音の性能ではなく、防音室の中の静かさが定められています。
つまり、もし新たに作る補聴器店が駅の高架下や工事現場などの騒音が多い場所に立地しているなら、それらの騒音を十分に遮音できる高性能な防音室が必要です。お金もかかります。
この逆に、店舗が田園に囲まれているような静かな場所に立地しており、店内が十分に広く、お客様同士の会話も聞こえてこないオフィスが作れるなら、そもそも防音室がいりません。防音室に必要なコストが抑えられます。
必要な防音室の性能は、周りのうるささで決まってきます。
防音室を導入するときには、まず部屋の中をどれくらいの静かさにしたいのか?次に部屋の外では、どれくらいのノイズが発生しそうなのか?
この二つを考える必要があります。室外の騒音と室内の目標騒音、二つの差が防音室に求められる性能になります。
防音室のスペックってなんだ?
どんな性能の防音室が必要かを考えるときには、周波数も大切な要素になってきます。
基本的に高周波数帯の遮音は簡単で、低い低周波数帯の遮音は難しくなり、高性能な防音室が必要になってきます。
既製品の、特に値段が安い防音室の場合、遮音性能を数値で表現していることがあるのですが、これは、どの周波数のことを言っているのか、しっかり確認しなければいけません。
たとえば防音ドアの場合、1000Hzや2000Hzであれば35dB程度の遮音はそれほど難しくなく、コストも少なくて済みます。
しかし250Hz以下の音をしっかり遮音しようとすると、急に難しくなります。
軽度難聴や高音急墜で、低域の聴力が良い人については、ノイズが十分に少ない環境で検査することが大切ですから、ヘッドホンで聴力を測定するなら、出来るだけノイズが少ない環境を整えたいものです。
下の画像の右下にあるグラフは、防音ドアの遮音性能を表しています。
このスペック表は、あくまで防音ドアの性能だけを表しています。実際に防音室を作るときには壁、床、天井のうち、もっとも遮音性能が低い部分が重要になるようです。
オーダーメイド防音室を依頼するコツや注意点
工務店さんに店舗設計を依頼するとき、店舗やカフェ、オフィスを作った経験がある会社は多数あります。
しかし防音室を作った経験がある会社はわずかです。そのため防音の知識がない工務店さんに頼むと、本当は出来ることを「できません」と言ったり、できないことを「できます」と言ってしまうことがあります。
僕は、これまで改築やリニューアルを含めると補聴器店を6回作ってきたのですが、常に防音室に関連したことが店舗設計の課題になってきました。
オーダーメイドで防音室を作る場合、防音室ではなく、天井、床、壁、ドアなど建築部材の一つ一つに性能が書いてあります。また建築部材にも様々なメーカーがあり、それぞれに特徴があるようです。
実際に店舗を作るときは、工務店さんによって取り扱い可能な建築部材メーカーが決まっていますので、彼らを信頼して任せることが出てきます。
非常に重要なパートナーですから、店舗設計を相談するときには最初から「防音のお仕事の経験はありますか?どんなものを作りましたか?どこのメーカーの建築部材を採用しましたか?」などをよく聞いておきましょう。
人生で初めて作る補聴器店の場合、慎重な読者の皆さんは最初から一か所の工務店さんに決めるという事はあまりしないと思います。
時間が許す限り、色々な工務店さんと話してみて、どこの工務店さんに仕事を依頼するかを慎重に判断するのが良いと思います。
僕の場合、あまり慎重な性格ではないので、最初の店舗を作った時に自分ではあまり勉強せず、防音のプロではない人に相談してしまいました。今思い返しても、彼らは最大限に頑張ってくれていたのですが、そもそも防音にも補聴器にも詳しくはなかったので、結果的に色々な課題が残りました。
新本社は6回目にして、やっと十分な性能の防音室と居心地の良い接客空間を作ることが出来たなと思っているのですが、これまでに経験した補聴器店を作るうえでの僕の失敗と学びを皆さんに紹介しておきたいと思います。
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