補聴器をサービス・マーケティングで考えよう!#011

中川さんの前回の記事・・・

前回の記事では、中川さんのオーダーメイドなフィッティングの極致(そこまでするか!?)な事例をご披露いただきました。
聞こえの質問紙だけでは拾い上げられなかったニーズを見つけ、それに応えた見事な解決策、一人のフィッターとして目から鱗が落ちる思いでした。

今回は中川さんからいただいた質問。
オーダーメイドっていうのは、その人の人生に最適な調整を承りますっていう意味だとぼくは常々そう思って補聴器臨床に臨んでいます。ガチで、くそ真面目にやっているとクライアントさんは窮屈で仕方ないんじゃないかな。大塚さんは、これ読んでどうおもった?」

これにマーケティングと経営の視点から大塚の考えを語ってみたいと思います。

補聴器ビジネスは慈善事業ではない

医師である中川さんと経営者である僕の間で、そろそろ避けて通れない話題。お金の話です。オーダーメイドな人生に最適な調整を目指すこと、究極の理想として、そこにまったく反論ありません。が、それって広く一般に、補聴器販売店で実現可能でしょうか?

現在、コロナ禍による不況がすでに来ております。
医療機関で働く皆さんは、通常より負担が増えているにもかかわらず、賞与を減らされているとニュースで聞きますし、補聴器店でもお客様が減っている、単価が下がっているという話がよく聞こえてきます。

新規のクライアントが減ったとしても、私たちにはすでにいる顧客にサービスを提供する責任があります。地に足のついた、つまり将来も継続してお客様にサービスを提供するためにはどうしたらいいか。

一本筋の通った仕事のスタイルを、読者の皆さんそれぞれが考えていただくヒントとして、マーケティングを語っていきたいと思います。

八方美人は誰にも必要とされない

補聴器をビジネスとして、主に提供側である私たち技能者や販売店の立場で考えると二つの要素に分けられます。
カウンセリング、正しい測定、耳型採取、フィッティング、販売、アフターサポートなどのサービス行為が半分。残りの半分は測定機器、補聴器本体の機能やデザイン、付け心地などの物・ハードウェアな要素が半分。二つが合わさって成立しているビジネスです。両方あいまって、はじめて「良いキコエ」が提供できます。

そして一つ一つの要素にクライアントの声というものがあるわけです。

「もっと小さく」「もっとおしゃれに」「もっと便利に」「もっと着け心地よく」「もっと目立たずに」「もっと取り扱い簡単に」「検査を受けたくない」「もう一度検査して欲しい」「もっとしっかり見て欲しい」「予約したら待ちたくない」「話を聞いて欲しい」「何度も調整してるのによく聞こえない」「なにかオマケ着けてくれないの?」「補聴器は高すぎる」「もっと安くならないの?」などなど、いわゆるお客様の声ですね。

お客様のことを大切に考えている技能者の皆さんは、全ての期待に応えてあげたい気持ちをお持ちかも知れません。しかし残念ながら八方美人は誰からも好かれません。

好かれないだけならまだいいのですが、そもそも全ての期待に応えることは不可能だったりします。これはクライアントによって期待していることが異なり、クライアントの期待に矛盾があるからです。

一つ例を上げてみます。

クライアントには「補聴器を安くして欲しい」という人もいれば、「もっと丁寧に見て欲しい」という人もいます。

この二つを同時に聞き入れることは通常出来ません。

接客にかける時間には人件費がかかっています。技能者一人当たりの年収を労働時間で割れば、時間あたりのコストが分かります。仮に補聴器を安売りするなら、たくさんの人に販売しないと人件費は捻出できません。自ずと顧客一人一人にかけられる時間は減ります。顧客一人の接客にかけられる時間と補聴器の価格は比例するわけです。

「補聴器を安くして欲しい」という声を聞き入れるのであれば、薄利多売を目指すことになります。技能者は短時間でカウンセリング、耳型採取、REMを素早く実施するノウハウが必要になります。メーカーとの交渉では、取引メーカーや取り扱い器種を限定してでも仕入れ金額を交渉するなどの活動を行いコスト削減を目指すことになり、最先端テクノロジーを搭載したハイグレードな補聴器について習熟することは難しいでしょう。
こうして「補聴器を安くして欲しい」という声を聞き入れ、その期待に答えるノウハウを積み上げれば、その地域のお金がない難聴者に貢献することは出来るでしょう。

「もっと丁寧に見て欲しい」という声を聞き入れた場合を考えてみましょう。
サービスクオリティを高めるために、より深いカウンセリング、高品質なシェル作りのための耳型採取、各種のノイズを使いこなしたREMはもちろん提供しなければいけないサービスになります。前回の中川さんの記事で紹介されているようなオーダーメイドの極致のような、処方式を超えるフィッティングも必要でしょう。
また、こうした接客に時間をかけるということは、高コストですし、一人の技能者が見れるクライアントの人数が減ることを意味します。
この場合、高単価な補聴器を提案し、価値の違いをクライアントに伝え、理解してもらい、購入してもらって初めて「もっと丁寧に見て欲しい」という声を聞き入れ続けることができます。販売店によっては低価格な補聴器の取り扱いを止める決断も必要でしょう。

補聴器技能者のスキルや知識の面では、基本は同じでも、スピード重視のスキル、サービス品質重視のスキルは異なります。「早い・安い・上手い」を求める声があれば「丁寧・高級感・私だけの特別な補聴器!」を求める声もあり、それぞれに必要な技術は違ってくる。どんな声を聞き入れるかによって、技能者が重点的に磨くべきスキルが決まるわけです。

なお補聴器マガジンは、今まで「どちらにしても必須な技能や知識」と「ハイクオリティサービスのためのスキルや事例」が多いように思います。補聴器ハンドブック勉強会は「補聴器ハンドブックを読み解き」「最先端の理論や事例」になっていました。
REMを手早く実施するための手技とか、クライアントの耳を借りずにできる練習方法などは、まだ紹介していません。何かご要望あれば、今度の中川さんと僕の対談中にご意見ご質問いただければと思います。

閑話休題。マーケティングは、市場(マーケット)の声を聞き、聞き入れる声を選び、組織の中で様々な改善活動を行って、改善した商品・サービスを市場と顧客に提供する。この一連のサイクルのことです。

両立が不可能な声なら、どんな声を聞き入れるのかは販売店が自分で決めなければいけません。

さて、それを決める前に、そもそもクライアントの視点で補聴器を一つの買い物として見た場合、私たちのビジネスはどう見られているでしょう。

効果も料金も分からないで買う気になるか!?

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