耳型練習の前に観察眼を鍛えよう!#047
今回は45号のつづき、耳型採取の新人向け練習法のご紹介です。
新人の方はご自身の練習に、ベテランの方は後輩指導のお役に立てていただければと思います。
さて耳型採取は手を動かす作業です。どうしても上手い下手があります。
そして新人のうちは自分が上手下手という話の前に、どんな耳型が上手く採取できたものか、どんな耳型が下手な耳型なのか。
最初は良し悪しがサッパリ分かりません。
たとえば補聴器メーカーの耳型採取の勉強会では、明らかに失敗した耳型は教えてくれます。
メーカーの勉強会では「これじゃあシェルが作れない」という大失敗のサンプルと、およそ問題ない合格サンプルを紹介しています。
逆に言えば、許容範囲の中でのまあまあ上手い事例、ぎりぎり許容範囲だけど下手な事例のような分類は紹介されません。これでは新人へ耳型の観察能力を教えることにならないのです。
各種協会の研修や技能者取得のカリキュラムの中でも耳型採取の話題が登場します。彼らの場合は、特に安全管理に重きを置いた知識を教えてくれます。しかし、こちらも上手い下手などの目利きの話題はあまり登場しません。
目利きというのは、たとえば寿司職人が市場で魚を見て、自分では食べずに美味い不味いを予想する能力です。もちろん美味しい寿司(つまり良いシェル)には、目利きだけでなく、魚をさばく技術(シェル発注)や握る技術(音の調整)も必要ですが、素材(耳型)が悪いとどうにもなりません。
若い寿司職人は、練習で寿司を握ってみて、上手くいかなかった時に色々なことを考えるそうです。
ネタそのものが悪いのか、鮮度が悪いのか、さばき方が悪いのか、シャリが悪いのか、握り方が悪いのか、手の温度が不適切なのかなどなど。ここで原因の仮説を立てて、一つずつ試しながら技術を磨くそうです。
補聴器のシェル作りを振り返ってみても、同じことが言えます。
上手くいかなかった時、耳型が悪いのか、発注指示書が悪いのか、器種選定が悪いのか、メーカーの立体デザインが悪いのか。
その中で耳型に改善の余地があると判断した時、より具体的には綿球の留置が悪いのか、圧力の掛け方が悪いのか、シリンジの操作が悪いのか、と考えていきます。
つまり「自分の耳型を自分で見てみて改善の余地があるな」という判断が、まず先になければ成長は始まりません。
さらに言えば「今回の耳型採取では、XXXXの部分で自分は間違えたな」ということが分かれば、あとはそこを集中的に練習すればいいので、成長は速くなります。
観察って、大事なの?答えを教えてよ、と思ってしまうけど・・・
観察能力について、僕がとても大切にしている格言があります。
引用元はマンガですが、これは核心を付いていて、クラシック音楽でも、プログラミングでも、スーツのテーラーでも、あらゆる分野で言えることだと僕は思っています。
もちろんシェルや耳型についても同じことが言えます。
どちらも立体の把握がまずあって、形状がおよぼす影響を考えながら観察します。
ベテランの先輩が取った耳型と、自分が取った耳型を見比べてみる。自分の耳型の改善点を見つける。
基礎段階の成長は創意工夫ではなく、こういった観察と模倣が大切です。
先の格言、人によっては「私は観察力が無いからダメだ」と受け取ってしまうようです。そうではなく「今、まだ観察能力が足りないなら、必要な観察能力はどうやって効果的かつ効率的に高めるか」と考えればいいのです。
観察能力そのものに集中して、観察能力をレベルアップさせれば、一回の耳型採取で10も20も学ぶことが出来ます。観察能力を高めれば、その後の耳型採取レベルアップが大幅に早くなるのです。
耳型の観察は立体の観察・・・なんだけど
ベテランの皆さんは、よくご存じの事だと思いますが、人間が片目で見た時(単眼視)と両眼で見た時(両眼視)はまったくの別物です。
観察には、とても大切なことなので眼の理屈を少しだけご紹介します。
人間の目の中には網膜があり、ここに光が届いた時には、すでに二次元の情報しかありません。
人が片目を閉じて物体を見ている時、それがあたかも立体であるように感じたら、それは脳による補正もしくは誤解と言ってもいいでしょう。
これに対して、両目で見ているときには、右目と左目の網膜にはそれぞれ少しだけ違った映像が写ります。左右の目に映る像の違いが脳で上手に統合された時、人間は初めて正しく立体を認識できるのです。これが両眼視です。
人間は誤解や勘違いを含め、上手いか下手か分からない立体認識を無意識のうちに行っています。
中川さんによると、例えば耳鼻科の手術の一つ「鼓室形成術」は、立体的に見る能力を求められる典型的な手術なのだそうです。これが一人前レベルに出来るようになるには、適切な指導の元、手術記録もしっかり書き、そして両目で観察する経験が、少なくても40件は必要とのこと。
それほど正確な立体視は大切で、正しく立体を観察して理解するには特殊な訓練が必要ということです。
立体視は、間違いなく大事です。
大事なのですが、今回は新人の皆さんに向けて、もっともっともっともっと基礎的な「今すぐできる!」「頑張ればできる!」という方法をお伝えしていきたいと思います。
観察能力UPトレーニング、その前の準備。
技能者の卵にしろ、新人STにしろ、真面目な人はガッツと行動力があるので、手を動かす練習を始めようとしてしまいます。勘がいい人は、観察能力のトレーニングを始めようとします。
でも、ちょっとだけ待って下さい。
例えば、老眼、遠視、乱視の人は、近くの小さくて細かいモノの観察は困難です。
近視の人でも、遠方を見るための眼鏡やコンタクトを使っていると、近くを見た時には細かいモノの観察能力が低下します。
どちらも、きめ細かな像が脳、正確には網膜に写りにくくなるのです。
主観や気分の見える見えないではなく、光学的な意味で能力は低下します。
よちよち歩きの赤ちゃんが不自然なウェイトトレーニングをする必要はありません。まずはムダな負担を無くして、観察の阻害要因を減らすことはとても大切です。
具体的には、近方に合わせた度数のメガネやコンタクトを用意しておくこと、おすすめです。
なお僕自身は裸眼視力0.7の軽い近視かつ乱視です。一応、裸眼で何でも見える視力ですが、それでも20歳代のころから遠近両用メガネをかけてきました。近視の眼鏡ではなく、遠近両用メガネです。
20歳代のころ、車を運転しようとすると普通免許の基準ギリギリなので、遠方に合わせた眼鏡をかけはじめたのですが、運転用に遠方に合わせた近視用レンズだと、今度は近くが微かに見づらくなったのです。
眼鏡をかけっぱなしにしたかったのと、手元の観察能力を下げたくなかったので、遠近両用メガネを使う事にしました。
「私はそんなことない。大丈夫」って若い人は、自分の身体感覚の変化に鈍い可能性があります。
自分の指を目に近づけたり、遠ざけたりして、指の指紋を見てみて下さい。眼球から何センチで指紋にピントが合うか、試してみましょう。メガネの有無で必ず変わります。
いずれにせよ、指紋がくっきり見えない状態は、耳型の観察が上手く出来ていない可能性があります。
こういったハンデとも言えないような、自分でも気づかないような身体的な感覚の小さな差は、観察能力に大きく影響しています。
観察能力を高めるためには、手元の小さいものの観察に特化したコンタクトまたは眼鏡を使うのが、成長の近道になるでしょう。
観察能力を高めるための耳型の記録
耳型採取のトレーニングや新人指導の難しさの一つに、採取した耳型はメーカーに送ってしまうので、手元に残らないことがあります。
保存しておいても、月日がたてば形状は変わってしまいますし、耳型を何年も保管しておくことは保管場所の点でも難しいでしょう。
逆に考えれば、記録を残し、それをベテランの先輩と共有し、先輩がどこを観察しているかを、新人の目で見えるようにしてあげれば、後輩が観察能力を上げるヒントになります。
基礎段階の人におすすめなのは、超高画質な耳型の写真撮影です。
ベテランの人は、耳型という立体の話なのに平面になる写真でいいの?と疑問に思った方がいるかも知れません。
しかし平面観察が苦手な人にとって、立体の観察はもっと難しいことです。
課題は簡単なことから一つ一つクリアしていくことは、とても大切です。
ベテランと新人の耳型の比較写真
下の写真は、新人とベテランの二人がそれぞれ、無圧を目指して耳型を採取したものです。
画像の左側が新人、右側がベテランによるもの。よーく見比べて下さい。どこがどう違うでしょうか?
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