聴力検査のピットフォール①クライアント心理を無視した失敗事例(-_-;) #005

はじめに

5回目となる今回は「補聴器専門家 大塚祥仁 @mimi_otsuka」が担当します。
さて前回(第4回)では、処方式のこと、特に、DSLについてお話しさせていただきました。ちょっと難しいなぁという声も聞こえてはいますが、今回もビシバシとスパルタ方式で前に進んでいきます。
今回は、趣向を変えて、キホンの基本。そう「聴力検査のピットフォール」についてお話しさせていただきます。

タイトルは、第5回『聴力検査のピットフォール①クライアント心理を無視した失敗事例たち(-_-;)』、それでは、はじめていきます。

まず最初にみなさんは ピットフォール ということばをご存じですか。
ピットフォールとは「落とし穴(pitfall)」という意味の英語です。
例えば、 臨床検査領域である目的をもって検査を行ったのに、目的外や想定外の結果に遭遇してしまった時「ピットフォールにハマったね。」というような言い回しをします。検査結果が正しいつもりで補聴器の調整を進めたら、後日になって心因性難聴だった、というのは正にピットフォールにハマった例でしょう。

聴力検査は、別名「聴覚心理検査」と呼ばれます。それくらい検査結果はいろんな要因の影響を容易に受けてしまいます。例えば、体調とか、緊張とか、そんな影響をもろに受けてしまいます。

どんな時に影響を受けてしまうのか。ぼく自身の体験した事例を紹介しながら、ピットフォールににはまらない聴力検査(聴力測定)の実践的ノウハウについて解説していきましょう。

聴力検査ってなに?

純音聴力検査は、英語でPure Tone Audiometoryと表記します。日英どちらも長ったらしいので、聴検とかPTAと省略する人がほとんどです。

聴検は、オージオメーターと呼ばれる装置で測定しますが、オージオメーターを用いることで聴検以外にもいろんなきこえの機能評価を行うことができます。

①聴力レベル‪←←純音聴力検査
②不快レベル
③快レベル

聴力レベルとひとことで言ってもそこには気導閾値と骨導閾値がありますし、マスキングの有無でその結果の意味合いも変わってきます。
一部の医療機関では軟骨伝導補聴器の取り扱いが始まったそうですから、そこで働く言語聴覚士や臨床検査技師は、聴覚の軟骨伝導についても考慮する必要がありそうです。

補聴器臨床に関わる人なら、補聴器装用下での、という条件付きな検査である

④ファンクショナルゲイン

なんてのも日常的に行っているのではないでしょうか。
さらに最近は、内有毛細胞の障害を評価する

⑤Threshold Equivalents Noise Hearing Test (TEN)

なんていう検査方法も登場しています。TENテストは、不感領域を見つけるための検査です。不感領域がある耳の聴力レベルを調べると、実際よりも良い結果が出てしまいます。近年、さらに研究が進み、TENテストは補聴器の調整に活かせるものになっているそうなので、詳しい話はいずれ中川さんから紹介してもらいましょう。

とにかく聴覚の仕事というのは、次々に新しい発見があり、そのたびに新しい検査が生まれていきます。日々アップデートしていかないと置いてきぼりにあってしまいます。そんな中でもオージオメーターと聴検に関する理解は基本のキホン。とにかく今日はここをしっかり押さえていきましょう。

聴検でつまずくといろんな不都合が生じる

正確な測定結果を手に入れられないと、当然のことながら正確な補聴器‪フィッティング‬はできません。実際の聞こえより悪目な聴力レベルと判断してしまうと、利得や出力を正しく算出することができません。処方式に基づく‪フィッティング‬を進めていく上で、正しい正確な聴力レベルを手に入れることはとても大事なことなのです。
聴検でつまづくと生じやすい不都合には次のようなものがあります。

●聴力レベルを実際より悪く見積もってしまう。
●聴力レベルをを実際よりもよく見積もってしまう。
●骨導レベルを正しく計測できず誤って伝音難聴と解釈してしまう
●防音室の条件が悪く低音部の障害だと誤って判断してしまう
●(正確な不快レベルを求められない)

こうした聴検上のエラーは補聴器‪フィッティング‬で次のようなエラーへとつながっていきます。

●オーバーゲイン
●アンダーゲイン

技術的なエラーは、検査のやり直し、‪フィッティング‬の繰り返しという手間をもたらし、それはクライアントに時間的に精神的不安を与えていきます。なにより補聴効果がでるのにもたつくわけですから、クライアントとの信頼関係(ラポートの形成)にも影響が出てきかねません。

技能者は、どうして聴力検査に失敗するのでしょう?それは聴力検査の特徴とクライアントの心理を置き忘れていることに原因があります。

聴力検査と聴力測定の違い
この二つの言葉、実際に行われることは同じです。なぜ言い方が異なるのでしょうか。医療機関で”医療行為”として行われるのが聴力検査であるのに対して、補聴器技能者が補聴器の調整のみを目的に行われる行為が聴力測定です。
本記事は一般の方向けではなく、技能者や言語聴覚士向けですから、分かりやすさを優先して、聴力検査の表記で統一しています。補聴器販売店ではクライアントに「聴力測定」と説明しましょう。

自覚的検査と他覚的検査

検査というものは、大きく分けて2種類あります。自覚的検査と他覚的検査です。自覚的検査はクライアントの主観で結果が決まります。他覚的検査はクライアントの主観が影響せず、客観的に結果が得られます。例を出してみましょう。

風邪を引いたときに寒い気がするのは主観的で自覚的です。体温計を使って腋の下とか舌下の体温を測った値は客観的で他覚的ということができます。

普段、僕たちが補聴器フィッティングにおいて、一番のよりどころとしている純音聴力検査ですが、これは上述した「自覚的(主観的)」検査でしかありません。純音聴力検査は、そもそも検査の性質として、初めからいろんな要因の影響を受けるものなのです。想定外の結果を誤って導き出してしまうそんなピットフォールをいくつも内包している検査なのです。

身近な具体例では、聴力を検査しているとき軽い耳鳴りがあるクライアントに、それなりに大きな音圧を呈示してボタンが押されなかったとき「(怖い顔をして)今の聞こえませんでしたか!?」と大きな声で確認したとします。その後はクライアントのボタンの押し方が変わる可能性が高いでしょう。
この変化の結果が良いか悪いかは不明ですが、こういった声掛けで変化するのが自覚的(主観的)検査なのです。

認定補聴器技能者の資格試験でも出題されることのある検査をひとまず自覚的検査と他覚的検査を分けてみましょう。

自覚的検査
●純音聴力検査
●語音聴力検査
●SISIあるいは自記オージオメトリー
●不快レベル

他覚的検査
●チンパノメトリー
●耳音響放射検査(DPOAE、TEOAE、SOAE)
●聴性誘発反応(AABR、ASSR、ABR)

こうやって並べるとすぐわかることは、私たち技能者が販売店で行える検査は、もっぱら自覚的(主観的)検査だということです。

医療機関とは違い限られた手札の中で、補聴器‪フィッティング‬に必要なデータを必要十分に手に入れる。それが認定補聴器技能者の腕の見せどころなのです。

お恥ずかしい失敗事例たち

今回はお恥ずかしい失敗事例をいくつかご紹介していきます。
過去、あるクライアントから「音が聞こえるか迷ってしまって(確実に)聞こえるときにボタンを押したんです」と言われたことがあります。

ご存じのとおり、最小可聴閾値は、聞こえるか聞こえないかギリギリ境界の音圧を調べることが目的です。上昇法で検査すれば、音を3回呈示して2回反応があったときの音圧を記録します。耳鳴りなどの特別な事情が無ければ、クライアントには「少しでも聞こえたらボタンを押して下さい」と説明するのが一般的でしょう。

このクライアントのケース、一回目の聴力検査はアシスタントに任せていたのですが、どうも補聴器の調整が上手くいかず、僕がもう一度聴力を検査しました。二回目の検査では、一回目と比べて10dBほど良い閾値になっており、その後の調整はスムーズでした。

二回目の聴力検査の際に、クライアントが一回目の聴力検査で何を思っていたのか教えていただいたのですが、さて一回目と二回目の聴力検査は何が違ったでしょうか。クライアントは一回目の聴力検査で何を思っていたのでしょうか。
一回目と二回目のの違いは次のようなものでした。

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