”小さな泊まれる出版社”

『小さな泊まれる出版社』

最近読んだ本の中で一番心がずっとワクワクしている本だった。

神奈川県の真鶴市にある『真鶴出版』さんによる本である。

真鶴出版さんはその名の通り、宿泊業と出版業をかけあわせたまちの宿。
西荻窪の本屋さんで目に留まった「出版社」と「泊まる」という組み合わせがこれまでの自分の頭の中にはないもので、思わず手に取った本だった。

本を開いた瞬間から、夏休みに海で拾ったシーグラスの色みたいに透き通る水色のトレース紙と、真鶴出版に一歩一歩近づいていくイラストのページ。そして真鶴の風景、町の様子と宿の設計図。

もうワクワクが止まらなかった。

ここまで絶賛ネタばらしをしてしまっていて、大丈夫かなという感じはあるのだが、とりあえず当時の興奮のままに伝えてみようと思う。

ページを少し読み進めたところで一章のはじめの文章を読んでいると、びっくり。

「フィリピン・ルソン島の北部」「山岳民族の暮らす村にホームステイをして現地の住民と交流する」「ちょっと変わった大学のサークル」

もう絶対PRC!!!私が大学で所属しているサークルそのまんまだった。もうこの時点で勝手に真鶴出版になぜか運命を感じてしまった私は嬉しさと興奮と楽しみとなんだかすごい感情になって、読み始めてまだ1/5くらいなのにこの本が大好きになった。出会って30分くらいしかたっていない人に運命を感じてぞっこんになってしまった人のようでだいぶチョロい女だが、とにかく好きが溢れた。

真鶴出版に行こう!!筆者の方に会いに行こう!!直近の一番の楽しみになったのである。

「真鶴」という場所は聞いたこともなく全く知らない場所。だけど本を読んでいると、筆者の來住さんが真鶴の土地と、雰囲気と、人とが大好きなんだという気持ちが伝わってきた。
瀬戸田インターンでも感じたことだが、地元の人が「大好きだ」と思い、大切に暮らしている場所はやはり魅力的だ。地元の人の想いがまちに滲み出ている、そんな気がする。だから、真鶴という土地を私も知りたい。來住さんが大好きな真鶴には何があるのだろう。どんなところなんだろう。写真や文章だけではわからない真鶴を知りたくなった。自分の足で歩き、自分の目で見たくなった。

出版社×宿泊

出版業と宿泊業の掛け合わせ。

真鶴を伝える、真鶴に迎える』

この本を読んだ人が、真鶴出版のことを知り、実際に泊まりに行く。

一般的な?出版業では、一つの本が読者へ届き、その本で紹介されていた場所へと赴くという一方通行の矢印。
だけど真鶴出版では「真鶴出版の本を読んでくれた人が直接泊まりに来る。会いに来る」という双方向で、距離の近い矢印が伸びている。

ある出版社がどこかの宿を紹介してその場所に読者がやってくるというのも様々な広がりがあって良いけれど、このように、情報を受け取った読者の次の行動が、情報を受け取った側へと矢印が向く。
情報を提供した側と情報を受け取る側が直接繋がり、新たな濃いつながりが生まれていく。一つの宿に込められたこだわりや、宿ができるまでの過程を、宿主の本で知ることができる。

横に広く、というよりも、縦に深く築かれていくような宿と宿に来る人の関係性。
本を読むのが宿に来るより先でも後でも、「読むこと」と「泊まること」を通して宿のことを知る。そして宿のあるまちのことを知る。

そのような宿泊と出版が一つの場所で一緒になっているからこその面白さがあっていいなと思う。

真鶴のことを知る

真鶴出版が出す本によって、私は宿泊施設としての真鶴出版を知る。そしてその存在を取り巻く真鶴の土地や人を垣間見る。

やっぱり、宿泊施設ってまちの拠点になるもので、外の人と中の人を繋いでいく、地域には不可欠な場所なんじゃないかと思うのだ。

こうして真鶴のことをこの本に出会って初めて知った私。真鶴出版があったから私は真鶴に行く。

大学の授業のゲストスピーカーの方が「既に人が集まっている場所にホテルを建てるのではない。人を呼ばなきゃいけないところにホテルを作る」と仰っていたように、人がその地域を訪れる一つのきっかけとして一つの理由として宿泊施設は存在することが重要なんじゃないか。

そして、地域への入り口となるとともに来た人がその地域のことを知れるように誘導していく。地域に入り込んでいく仕組みを作っていく。

宿泊施設は地域の中でいろんな人を繋ぐハブ的な役割を担う、と同時に地域の中の一つの点。そんな素敵な存在になりうることを改めて感じた。

『美の基準』

真鶴出版を読んでいて終始ワクワクしていた要因の一つにこの『美の基準』がある。

1993年という景観法がまだ存在しなかった耳朶に制定された真鶴町のまちづくり条例の一つで、イラストや写真を使いながら、「町の良いところを『美』と定義し、69個のキーワードでまとめられているもの」だという。

そのキーワードは「静かな背戸」「実のなる木」「さわれる人」「小さな人だまり」など。
例えば「小さな人だまり」のページ。

「人が立ち話を何時間もできるような、交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。背後が囲まれていたり、まん中に何か寄り付くものがあるようにつくること」

と「小さな人だまり」をつくるために意識すべきことが記されている。

それは数字では記されない、断定的ではなくどこか曖昧な、キーワードたち。曖昧だからこそ、この『美の基準』を手に取った人たちに、真鶴に暮らす人たちに、その意味を考える「余白」を残す。

これまで代々真鶴に暮らしてきた人々が自然と培ってきた真鶴の風景を、これから新しく真鶴に入ってくる人々、現在真鶴に暮らす人々が自分たちの生活を営みながら考えていく。

少し曖昧だからこそ、個人個人の生活と真鶴の土地がうまく調和しあっていくのかもしれないなと思った。

『美の基準』はまちづくり条例の一部に過ぎず、実際に開発を抑制しているのは条例の残りの部分だという。数値的に、確固とした抑制力はないかもしれないが、真鶴のまちづくりに関わる人の意識に入っていくような、そんなものなのかと感じた。

まちづくり条例の一部と聞いて少し驚くこの『美の基準』を読んでみたい。実際に真鶴の街を歩いてみて、美の基準とまちの関係性を見てみたい。

このワクワク感が、私を真鶴出版ホームページの宿泊予約ページに導いたのだった。

”移住者を増やすのではなく、好きな人を増やす”

本に出てきて、好きだなと思った言葉だ。

移住者を増やすという見方が先行するのではなく、「その地域を好きな人」を増やすことが先。

その地域が好きな人が増えれば、移住せずとも関係人口的に多様な地域との関わりができる。それで結果的に移住に繋がればもっと良い。

また

自分たちが真鶴を好きになってきた人たちだったからこそ、それぞれで私たちの全く知らない真鶴のコミュニティを開拓し、馴染んでいる。

と本に書いてあったように、真鶴に愛着を持つ人々がそれぞれ真鶴に点を打っていき、点同士が繋がり面となって真鶴というまちができていく。続いていくのだと思った。

本の中では真鶴出版がスモールスタートを経て、いちから真鶴出版がオープンするまでの過程が記されており、まるで自分までも真鶴出版オープンまでの物語に加わっているような感覚を覚えてしまった。

完成するまで様々な人が関わり、それぞれがこだわりと愛情をもってつくった真鶴出版。

12月。そんな真鶴出版と真鶴という地域に、初めて会うことができる日が待ち遠しい。










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