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彼女と私の7年間④死への恐怖

居室のナースコールが鳴った。

訪室すると、
彼女は端座位で前傾にかがみこみ、
息が苦しい。
息が止まっちゃうと、
険しい表情をしていた。

彼女の顔色は異常なく、
脈も正常。
血圧も問題なく、
spo2も正常値。
バイタルサインに何ら問題はない。

それを確認後、
ナースに報告し、
彼女の部屋に戻る。

彼女の背中をさすり、
回復を待つ。

しばらくすると落ち着いて、
横になることができた。

その後、また同じ症状になり、
彼女はまたかがみこんでしまった。

すると彼女は、
「ハンカチとって」との私に。

ポロポロと彼女の瞳から涙がこぼれ、
彼女は、私に、

「お世話になりました」

と何度もいうのだ。

もうすぐお迎えがくるのだと。

「Tさん、大丈夫だよ。ゆっくり深呼吸してみよう。お顔の色も大丈夫だよ。血圧も何も問題はないよ。大丈夫だからね。」

そう言って彼女を抱きしめる。

おばあちゃんのことを思い出した。
おばあちゃんが旅立つ2日前、呼吸が苦しいと言うおばあちゃんに、深呼吸を促す。

「おばあちゃん、私の真似をしてゆっくり深呼吸だよ。そうそう、上手だよ。それを繰り返して。私の真似をして。」

私はそう言いながら、
おばあちゃんがどこかへ行ってしまうかもしれない恐怖と、おばあちゃんを愛しい気持ちで、おばあちゃんを抱きしめた。

おばあちゃんが苦しくなるたびに、深呼吸を促し、姿勢を楽に保つようにおばあちゃんの身体を動かした。

おばあちゃんは、瞳を閉じながら、何度も頷き、私の言う通りに呼吸を整える努力をした。

そのうちにおばあちゃんは、少しずつ楽になり、横を向いて眠った。

私の不安をおばあちゃんに感じさせないように、おばあちゃんの不安を取り除く。


Tさんを見て、あの時のことが蘇る。

Tさんを襲った呼吸困難は、
死への恐怖のせいだと思う。

以前も同じことがあった。

その度に、彼女は、
こんなときにも冷静に、
「お世話になりました」というのだ。

ふと彼女と同じ気持ちになろうとしたら、
私も苦しくなった。
怖くなった。

しかし、私が怖くなったら
何の意味もない。

私は、ありったけの私の心、
Tさんに向ける愛情で、
Tさんを包むのだ。
どうにか安心、平穏で包みたい。
彼女の不安を取り除きたい。

その思いで彼女のそばで寄り添った。

心疾患でペースメーカーを装着している97歳という高齢の彼女。
いつ急変が起こってもおかしくない現状なのだ。

それを彼女は、自分でもわかっている。

認知症もなく、
しっかりしている彼女。

そのせいで、迫り来る死の恐怖をひしひしと感じている。

二回目の発作も逃れ、やっと深く眠れた彼女。

彼女の気持ちを考える。
自分のこととして。

不安なときには誰かにそばにいてほしい。
それは私の望みです。

でも彼女はどうだろう?
不安なとき、どうしてほしいだろう?

でも何かしたいから、
彼女のそばにずっといた。

彼女の不安を全て拭うことはできない。
でも彼女が好きだから何かしたい。
彼女のために、
彼女が安心するために何かしたい。

自己満足かもしれない。

だけど、私は彼女が好きだから。
どうにか少しでも彼女の心を、
少しでも支えたいんだ。

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