自滅のパラドックス
路上で歌っていると見えるのは
足早な人々の流れだった
川で歌っていると見えるのは
水面と雲の流れだった
拍手喝采のステージから見えるのは
多々の感情の視線の停止だった
私のエネルギーは絶えず燃焼して
ある程度顔が知れて
ある程度声が知れたら
その表現を必要としてくれる人がいる
私は必要としてくれる人のそばにいたい
期待通りに動かないと捨てられる
実際それは幻なのかもしれない
だけど私は多くを吸収して自滅してしまう
見捨てられる前に私は自分から去る
正当防衛するつもりはないが
その自滅を私は悪いと思わない
自滅して私は蘇る事ができるから
年間30本以上のライヴに出演させて頂き
たくさんの表現の場を頂いてきたが
家の事情と人間関係の不調和が重なり
12月2日のライヴで
ライヴ活動を休止させて頂いた
ステージで感情のコントロールができなくなりステージを中断してしまった
感無量になることはあるが止めてしまったのは初めての事だった
それから全ての自信が崩れてしまい
すでに決まっていた
5本ものライヴをキャンセルした
2020年に歌えなくなった事があった
話はできるのに歌おうとすると脳が
私にストップをかける
私は焦っていた
なぜなら2003年に急に歌いたくなくなって その後7年歌わなかったから
歌えなくなるのは辛い
私は音楽だけで生きていない
音楽だけで生きていないけど
私の存在証明が音楽だ
これができないと私の人生辛い
だから前みたいに
長い年月歌えなくなるのが怖い
歌えるのに歌いたくない状態が続くと
怖い 辛い
自分のために歌い続けたいのに
いつのまにか私の歌を待っている人が現れた
でも私の歌は
誰かのために作られたものではない
私自身のために作られた歌
私には何の力もエネルギーもないから
音楽を作り歌うことで生きる原動力を
確保している
自分で歌えない状態を作っておいて
それに腹を立てている
歌わない日々が続くにつれて焦燥感が強くなる
私は常に自分らしく誰にも左右されないで歌える状態を保っていきたい
不安なのはステージを
また止めてしまわないかということ
お金を頂くステージでそれをしてしまうことはありえない
しかしながら変わらずに頂く出演のお誘い
歌わなくなってたった2ヶ月なのに感謝すべきことである
私が歌わない事でたくさんの人に心配をかけた
そして自分の置かれている立場を見直した
自分らしくありたい
そう思っていたが
一度ステージで歌うことをはじめたら
ラジオで番組を持たせてもらってシンガーソングライターを名乗るなら私は歌わなければならないのかもしれない
ずっと来たかった場所
東中野のオルトスピーカーで歌った
初めての場所
初めて出会う人々
この場所で私を知る人はいない
感情にコントロールされることなく歌えた
全てが馬鹿げている
人を傷つけて返り血を浴びて
コントロールできない感情を抱え
感情にコントロールされ
打破しながら道を探している
音楽に苦しめられている
しかし音楽がなかったら
私の生存証明はない
私は混乱している
耳を塞いでも静寂が轟音だ
絶えず押し寄せるは自滅のパラドックス
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