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彼女と私の7年間⑦最後の桜

今年の桜はきっと彼女にとって、
最後の桜になるかもしれない…


そう思って、私は彼女をお花見に誘った。
枝振りの良い美しい格好をした桜の木の下で、
私は彼女とセルフィーで写真を撮った。
桜の木をバックに。

カメラを自分たちに向けて彼女に言う。
「Tさん、写真撮ろう、ほら、ここ見て、ここ見て」

この日は本当に良い天気で、
桜吹雪が雪のように舞っていた。

桜を中心に、花壇に赤と白のチューリップ、
ブルーのネモフィラ、黄色の水仙、
プランターにピンクの桜草。

まるで桃源郷のように、
美しい景色がそこにはあった。

屋内からテーブルを運び出し、
おやつの時間に利用者さんみんなで外に出て、
お花見をした。

おやつに加えて、
ある職員は休憩中に買ってきた漬物を出したり、自分持ちのおやつを出したり。
私はスマホで「さくら、さくら」の音楽を流した。

笑い声と笑顔に溢れた春の日だった。


*****

私の思っていた通り、
今年の桜は彼女にとって最後の桜になった。

彼女は8月4日に旅立った。
眠るように旅立った。

しかし旅立つ前の1ヶ月間は、
彼女にとって葛藤と苦痛の1ヶ月間だった。

私は彼女と会った日から今までの記憶を、
鮮明に覚えている。

7年間の思い出。

享年98歳。

最後まで自分らしさを貫き生きた。

彼女との思い出や、
彼女と過ごした7年間。
そして彼女の娘さんと私の娘とのエピソード。
すべて忘れたくない。
だから少しずつ書いていこうと思う。
彼女と私の7年間を。


*****

この写真は、
最後の桜を見たお花見の宴のあと。

みんなが屋内に戻り、
遅れてきた彼女と私だけが庭に残っていた。

私はこの時に、彼女と自撮りをした。

そんなとき、屋内二階にいた私の後輩が、
外の様子を写真に収めた。

そこに、左下に小さく、
彼女と私が写っていた。

花々で溢れる幻想的な春の風景の中に、
彼女と私がいた。

彼女が旅立った日に、
私の信頼する介護主任は、
この写真を現像して私に下さった。

本当に本当に嬉しかった。


****

彼女との思い出が、施設の中に溢れていて、
私はまだ彼女の姿を探している。

しかし、月日は流れる。

39歳にもなって本当に泣き虫で、
私は利用者さんに感情を持っていかれては、
自分の思いが伝わるのか伝わらないのか、
泣いてしまう。

午前中は心が通じて泣いた。
午後は痛いほどの辛い気持ちに共感して泣いた。

この仕事は信頼関係の構築からはじまる。
全ての利用者さんの心に寄り添いたくて、
でもそれが難しくて、
大事な利用者さんとの別れがかって、
辛くて、辛くて。

でも私はこの仕事が大好きだから、
この施設が私の第二の居場所だと思う。

辛い仕事。
でも好きな仕事。
このうえなく大事な仕事。

家に帰り、「今夜のご飯は何にしようかな、明日のお弁当は何にしようかな。」
そう考え気持ちを切り替える瞬間が好き。
そしてその気持ちが私の活力になる。

そうすると、また笑顔で仕事が出来る。


私たちの施設は、この幻想的な春の風景のような温かさで満たされています。

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