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【 命を身ごもり育むということ⑧】



今、私が抱いている、自分の赤ちゃんを、 






自分の赤ちゃんじゃないと、思い始めた。 





誰かが新生児室に入って、もなを連れて行ってしまった。 
そして、今いるこの赤ちゃんをここにおいて、逃げてしまったんだ。 








この赤ちゃんは誰なんだろう? 





そんな思いにとりつかれ、ベッドから起き上がり、 
やっとのことで立ち上がり、部屋中をうろうろする。 



小さなベッドで寝息をたてる赤ちゃんをみて、 
半信半疑な感情と、胸が苦しくなるくらいの動悸。 




それでも、赤ちゃんが泣いたら、抱き上げ、おっぱいをあげてみる。 
うまくおっぱいをあげることができない。 
赤ちゃんは、おっぱいを捜して、きょろきょろしている。 


この時の赤ちゃんの顔をとてもよく覚えている。 


私は、かわいそう、ごめんね、 
ママが上手くおっぱいをあげることができない。 
そう思いながら、抱っこする。 

抱っこして、少し離し、赤ちゃんの顔を見ても、 
もなではないと確信している。 


何故だったんだろう。 

母親としての世話をしつつ、自分の赤ちゃんではないと疑い、 
自分の本当に赤ちゃんを探している。 




赤ちゃんを抱きながら、わんわん泣いていた。 
私の赤ちゃんはどこなの? 
もなはどこ? 




母が来て、私は、もなが、誰かに連れ去られて、この赤ちゃんをここにおいていったと説明したらしい。 





私はよく覚えていない。 




赤ちゃんのそばを一瞬たりとも離れられない。 
離れたら、また誰かが私の個室に入ってきて、今度はこの赤ちゃんも連れていってしまう。 




一人で個室にいて、それだけが心配だった。 




夜中にトイレに行きたくなって、迷う。 
私がここでトイレに行ってしまったら、 
この赤ちゃんを誰かに連れて行かれる。 




トイレに入ると赤ちゃんが見えない。 
だからと言って、トイレにベビーベッドは入らない。 
抱っこして入るわけにもいかない。 



私は、自分のバッグの中に入った、タオルとか衣類を結びつけて長く長くしてひも状にして、それをベビーベッドの下のパイプに縛りつけ、トイレの近くまで持っていって、それを持ちながらトイレに入った。 



だが、トイレのドアを開けると、ベビーベッドのパイプにくくりつけたひも状のものが、外れてしまった。 


ものの一分も経ってない時間の中で、また赤ちゃんが連れ去られ、違う赤ちゃんを誰かが連れてきた、と疑いもなく思い込み信じ込み、不安と絶望で、トイレに座りながらわんわんと泣いていた。 



何の疑いもなく、こんなありもしないことを信じ込み、思い込んでいる。 



次の日、朝早く個室に、助産婦さんが来た。 


ニコニ笑顔が穏やかだった。 


それから何度も何度も助産婦さんが来る。 


「ここは、24時間体制で、警備されているから、不審人物がはいってくることはないのよ。」 



そう言ってくれたが、このときの私に、「そうね、なら大丈夫、安心。」と思えるはずもなかった。 




まだ信じられない。 
自分の思っていることが、ありもしない妄想で、 
今ここにいる赤ちゃんが私の赤ちゃんのもなであるということに。 





午後になり、ひとりの看護師さんが個室を訪れた。 

私のベッドに座り、私の左腕を見て、 
リストカット痕を見つけ、精神論を述べ始めた。 

とても良いことを言ってくれているが、私の頭の中には、もながいないことばかりで、彼女が言っていることが頭に入らなかった。 








眼鏡をしながら眠ってしまった。 
赤ちゃんは、ベビーベッドではなく、仰向けに寝た私の右腕に抱かれすわすや眠っていた。 
もう赤ちゃんをまもることは出来ないと弱気になった。 

だって、私は寝てしまうから。 
寝てしまえば、赤ちゃんが連れて行かれる。 

朝が来て、トイレに行きたくなり、赤ちゃんが寝ているベビーベッドを個室から出し、ナースステーションに一緒に行く。 



「私、トイレに行きたいのですが・・・。」 

そういって、看護師さんにもなを預かってもらおうと、赤ちゃんの寝ているベビーベッドを部屋から出し、渡そうとしたら、看護師さんは、私が押してきたベビーベッドを反対に部屋に戻し、大丈夫ですよ、何も心配しなくても。 

といって、部屋から出て行ってしまった。 





明らかにありえないことを言っている。 
支離滅裂なことを言っている、 





私のそばにいるこの赤ちゃんは、 





紛れもなく、偽りもなく、なんの疑う余地もなく、 
私の赤ちゃんである「もな」だ。 




でも、このときの私には、誰の言うことも信じられず、この赤ちゃんを自分の赤ちゃんでないと、疑いなく信じ、絶望を感じていた 







続く・・・。

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