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彼女と私の7年間⑤命の水1
彼女の死は完全たる尊厳死だった。
彼女が死の数時間前まで、
一口単位で飲んでいたのが冷水だ。
彼女が亡くなる二週間前くらいに、
私は確信した。
彼女に残された日はもうわずか。
呼吸状態、身体状況、バイタルサイン、
酸素飽和濃度、排尿の変化、
それ以外の死のサイン。
それは、死が近い人から漂う死臭。
死臭は、死が近い生きている人間から発生するにおい。きっと、多臓器不全や細胞が崩壊することにより、生じるのだろう。
まるで、化学物質のようなにおいだ。
腐敗臭とは違う。
嫌なにおいではない。
今までたくさんの人を看取ってきたが、
死臭を感じる人と感じない人がいた。
死臭が漂い始めた人は、
もう経口摂取が出来ずに点滴か、
経口摂取出来ても介助による摂取をやっとしている状態の人が多い。
死期が近づき、点滴になり、
許容量以上の水分が身体の中に蓄積し、
尿量が少なくなれば、全身が浮腫んでしまう。
しかし、彼女は、死臭が漂い始めた頃からも、
自らの力で、自らの意思で水を飲んだ。
冷たい、冷たい命の水を。
私は彼女が冷水を一口飲むと、
自分の身体の中に同じく冷水が染み込むように感じる。
彼女は死の前まで、
体感的な苦しみがあった。
私は出来るだけ彼女の介護に携わりたくて、
一日のうちに何度も訪室した。
彼女に接するたびに、
彼女の苦しみで私も動悸が激しくなり、
退室するときには身も心も弱り切る。
こんな感覚は、
おばあちゃんの最後の時と同じだ。
大好きな人の最後。
それに寄り添うことは本当に苦しい。
苦しくて彼女の顔が見られない。
でも彼女のそばにいたい。
心がツギハギだらけで、
弱く脆く、危うさを感じた。
それだけ彼女は特別で大切な人だから。
別れが迫っているのはわかる。
でも辛い、悲しい。
そんな私の思いを共感してくれた人が私の周りにはたくさんいた。
支えてくれて奮いたたせてくれた。
施設でも働く同僚や先輩が。
彼女の飲む冷水で、
自分の体にも水分が染み込み、
呼吸苦が和らいだ時、
私の動悸もとまる。
彼女が私の手を握ってくれると、
私の手にも体温が戻る。
本当に本当に不思議な感覚だ。
人は自分の身体の中の水分を、
全て使い果たして死ぬ。
それが老衰だ。
彼女は、それが出来た。
命の水②に続く。
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