贈り物

今日の気づきは、ニュートラルでいるとギフトをもらえる!

ジムから帰って来た娘が、「嫌なんだけど~、玄関前に犬のウンチがあるよ。臭いよ~、放置していったんだよ」と言ってくる。まあ、通り道だし、しかたない。イギリスの飼い主はマナーがいいのに、散歩の落とし物を拾っていかないのは珍しい。

誰かが踏んづけるのは好ましくないし、ここは片づけるのが正解だろう。

「最初に発見した人がお掃除するといいんだよ。やり方を見せるから、次は自分でやってみてね」とドアを開けると、家の前の歩道に落とし物。コロコロではないので、スコップは使えないと判断。飼い猫用のビニール袋ごしに、手ですくいとる。「ママ、そっちにもう一つあるよ。踏まないで」

無事、二か所からこそげとるが、地面には残留物があり、歩行者が踏む可能性が大きい。とりあえず、ブリーチのスプレーをかけておき、熱湯を沸かすために、いったん室内へ戻った。玄関のドアは開けたまま。白い泡が目印になって、踏むことはないだろう。

熱湯の入った電気ケトルとバケツ一杯の湯を持って、階段をあがると、歩道に人の気配。なんだ、老夫婦、あ、犬の散歩か、と思いながら、地面に熱湯とお湯を撒く。お、きれいになったぞ。

左を向くと、数メートル先を行くご夫婦の後ろ姿が見えた。中型犬一匹をつれたご主人の手には、ウンチ回収用のトングがあり、奥様は大きな袋を持っている。あら、もしかしたら、放置したウンチを回収しに来てくれたの?それとも、ほかの飼い主の落とし物を、自主的に拾ってくれているの?

とっても、心がほっこりした瞬間だった。なんという絶妙なタイミング。宇宙からすてきなギフトをいただいたのだ。

放置された犬のウンチだけをみたら、不快に感じるのが普通だろう。しかし、見えないところでは別の働きもあることに気がついた。その場だけのスナップショットで物事を判断するのは、どんだけ損なのか。宇宙はいろんな要素で成り立っている。時に善、時に悪、普遍的に姿かたちを変え続けている。それがバランスのとれた状態なのではないか、そんな気がした。

一つの面だけを見ていると、ほかの可能性が閉ざされてしまう。


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