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狂った世の中に

Twitter歴は長い。
ざっと10年は経過している。

しかし最初はリアルな知人での繋がりばかりで
次第にそれに嫌気が差してアカウントを削除。
どちらかと言うと他のSNSに比べTwitterは軽薄な印象しかなかった。

新たに始めたのはそれからすぐ。
今から3年くらい前か。
例の感染症騒ぎで仕事も休みが多くなり時間を持て余していたから。
趣味垢として作り、今度はリアルな知人とは極力繋がらない様にした。

当初趣味垢だったアカウントはこのおかしな世の中を契機に真実追及垢となり、TVやネットニュースが当てにならない事を知ると、リアルで正しい情報を得る為にはTwitterが有効である気がしていた。
(それでも当時はまだ情報統制が酷かったけど)同じ様な感覚や考えを持つフォロワーが増え、誤情報かどうかを見極める嗅覚等も鋭敏になった気がする。


そんな今、流れてきたこのツイートは衝撃だった。

※現在アカウント削除された様です


こんな文章を残して、その方は命を経たれた。

この方がいくつなのかは知らない。
でも、最後に好きだった海外旅行を満喫し、それからその選択をした経緯を考えると、割と若い方だったのじゃないかと察する。

私などもう自分の人生の半分は生きたと思っているし、なんにせよ子供達がいるから、彼等の未来が明るいものであって欲しいその一心で生きている様なものだ。
確かにこんな世の中、今の日本の現状、多くの日本人を見ていたら悲観せずにはいられないし、憂い嘆く気持ちはわからなくはない。
この先に明るい要素等無いのではないか…と、悲嘆に暮れ、生きていてもしょうがないと言う結論に陥る心情があってもおかしくない。
そのくらい日本は、日本人はコロナを機に狂ってしまったのだから。

だからこの「おにぎりじょー」さんの行動は、現実を突き付けられた様な気がして衝撃だった。




これはあるツイートに対してのリプなのだけど、本当にその通りで共感しかない。

眠ってる、目覚めてると言う言い方をその界隈ではよくするけれど、いわゆる眠ってると言われる大多数にとって、少数派の目覚めてる人種(あまりこの表現は好きじゃないけど)がほざいてる事など雑音でしかないんだろう。
右翼が街宣車で都内を廻っているのを目の当たりにした若い頃の自分は、「ちょっと偏った人達が何かをほざいてる」くらいの認識でしかなった。
おそらくそれと一緒。
真実など知りたくないんだ。
そこに無理矢理現実を叩きつけたところで、聞く耳なんて持っちゃいないんだろう。
雑音くらいにしか感じていないのさ。

人は自分の過ちを認めたくないものだ。
いくら意味がない、非科学的、諸外国の事情、被害の現実を突き付けても、既に8割がその身体に取り込んでしまったアレの末路など聞きたくないし、非を認めたくない人がほとんどだ。
だからあらゆるレッテルを貼って外野へ追い込む。

既に論理破綻して辻褄の合わない発表を政府がしても疑問を持たず、周囲で目に見える有害事象が起こっても気付かず盲信し続けるのは、勉強ができる、成績がいい、権威ある仕事をしているなんてのは関係なく、元々の馬鹿が露呈したんだと思ってる。

そう。
この国の大多数は人間力、生命力と言う観点に於ける「馬鹿」だったんだよ。


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