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娘が不登校になりかけて『頼もしい』と思ってしまった話

昨年、小学生になったばかりの娘は学校で起きたあることがきっかけで不登校になりかけた。事情を聞いた私は「行かなくてもいいよ」と言った。

私が娘の年齢の時には、何があっても“学校は行くもの”と疑問も持たずに通っていたので、ちゃんと自分の気持ちがわかって、それを言える、行動できる、そのことが素晴らしいし、凄いなぁと思った。そしてそれを言える親子関係であることが喜ばしくも感じた。

行きたくないという気持ちで無理に通い続けるうちに不快感がある状態が普通となり、鬱や無気力と繋がる可能性もあるだろう。
だいたい学校って何のために行くのか。
対人関係を学ぶためと、勉強や遊びという“脳トレ”をして脳を育てるためだと私は思う。

だから友達と会えなくなることだけが気がかりではあった。娘は昔からお友達が大好きなのだ。公園に行くと必ず新しい友達を作る。道を歩いていて向こうから来た子とお互い仲良さそうにハイタッチするから友達かと思ったら初対面。小学校でもすぐに多くの友達ができ、周りのお母さん達からも「社交性が凄い」と言われる子なのだ。

そんな子が「行きたい、行けない」と30分も玄関で葛藤して泣いていた。行くこともできない、「行かなくてもいいよ」と言われても家に上がれない。行きたいのだ。
家ですごす準備を始めたが、娘にとって行かないことが本当にいいことなのだろうか。
娘に聞いた。「家で本読んだりドリルとかしていてもいいけど…ママも着いて行くなら行けそう?」「…うん!ママが一緒なら行けそう!」娘の目が輝いた。

ならば“一緒に行く”しか選択肢はない。1年間一緒に登校し、最初は教室のうしろで、そのうちに廊下で、しばらくして別室で…私も学校ですごした。
学校の協力体制もありがたかった。スクールカウンセラーさんに相談でき、先生方もフラットに「あるあるですから」的に接してくれるのだ。別室にはやはり一緒に登校しているお母さんが何人かいた。今は少なくないことなのだと感じた。

この経験から、私も多くを学んだ。こんなふうに1日学校で過ごせるなんて、いつぶりだろう。そしてもうないことかもしれない。
朝や休み時間には子供達がわらわらと集まってきて話しかけられ、顔と名前が一致する子供が増えていき「◯ちゃんのお母さーん!」と手を振られ…まるで学生生活が戻ってきたようだった。小学校が舞台の漫画を描こうかな?とも思った。
学校の様子、先生方の雰囲気もよくわかり、小学校の空気を掴んだ安心感も手に入れた。こんな事もなければ学校でどんな仲間とどんな生活をしているのか、ここまで熟知する事もなかっただろう。

先生やカウンセラーさんと相談し、[少しずつ離れる作戦]で1年が経ち、学年が上がりクラス替えもあってどうなることかと思ったが、最近は朝教室まで送るだけですむ日が多くなった。一緒に登校するのが日常となっているため「行ってらっしゃい」と家で見送る日が来ると思うとちょっと寂しいくらいだ。元々運動不足なのに更に運動不足になりそう。

とはいえ先輩お母さんの話を聞くと、行ける時期と行けない時期を繰り返す事も多いようだ。じっさい娘の「行きたくない」は何度も顔を出す。そのたび『困ったなぁ』と同時に『頼もしい』とも思ってしまうのだ。

このような時代、娘が大きくなった時には今ある仕事がなくなり、まだ見ぬ新しい仕事が生まれていることだろう。
そんな時に役立つのは、人間力と対応力ではないか。誠実でありながら自分らしく生きられる事だと私は思う。

超高齢出産だったので、娘は周りの友達より早く親を無くす可能性は高い。
『娘がどう育ってくれたら、私は安心して死を迎えられるだろうか?』と考えた時、周りの人と信頼関係を築き楽しく生きていく娘の姿が浮かんだ。

自分とうまく付き合えなくて、人とうまく付き合えるだろうか?(私はどちらも苦手だ)
したい、したくない。したくないなら、しない?それはしなかったら困ること?どうしたらしてもいいと思う?自分が自分にできることはある?などなどなど
こうしてみると自分と相談することはたくさんあるのだな…。相手や状況を簡単には変えられないことも多いが、自分がどう対応するかは色々ある。

そうか。おそらく私が子供にできることは“道は色々あるんじゃない?”という問いかけなのではないか。提案ではなく、本人が考える力を育てること。
そして私もまずは自分とうまく付き合えるように…いや自分ともっと仲良くなろうと思う。

小学校で出会った娘の同級生達は、1年生だからだろうか、まだまだ本来の姿に近く、感じたままに行動し、だからこそ互いが分かり合いやすく、社会に適応しようとしない方がうまく噛み合うのではないかとすら思えた。
個性的な子供達と日々触れ合えて、キャラクターの勉強にもなった。私にとってこの出来事はプレゼントなのかもしれない…なんて思っている。

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