気になるあの人
きた。彼の姿を見た瞬間、また今日も朝がきたと実感する。
ホールの店員が慣れたように席へ案内し、足早に厨房に入ると中がざわつく。彼はいつも通り同じ席に座り帽子を脱いだ。
彼はメニューをじっくり見てから、ボタンを押して店員を呼んだ。
「注文いいですか?」
彼が聞くと店員が機械の端末を急いで開いた。アイスティーとバナナジュース、モーニングセットのAとBにスクランブルエッグとポテトサラダを追加、焼き魚定食、パンケーキを注文した。ふむふむなるほどそう来たかとモーニングの注文の専門家のような気持ちになる。店員は必死で復唱し足早に厨房に消えた。
彼はよく食べる。しかも清々しいくらいに。
平日の朝、会社員が殺伐とした表情で出勤中、私はファミレスにいる。OLだった私が会社を辞めたらまずしたかったこと、それはみんなが出勤している中カフェで優雅に朝食をとることだった。
いざ辞めて憧れのカフェで朝食を!となった日、偶々このファミレスに目が留まった。メニューの豊富さにはまり平日はほぼ毎朝通っている。そしてもう一つここに来る理由はやっぱり彼だ。
彼を見かけたのは一か月前、いつもより早くお店に着き何にしようとメニューを見ていると、店内に慣れたように足早に入ってくる男性がいた。私は気にせず目玉焼きがあるモーニングセットAとスクランブルエッグがあるCで迷っていた。
「モーニングセットBとCに目玉焼き追加で」
そんな中ふと耳に入ってきたのは彼が店員に注文している声だった。
モーニングセットを二つも頼む人がいるんだ、しかも目玉焼きを追加?と思っていると、
「それとカレーとヨーグルトお願いします」
衝撃だった。朝からこんなに食べる人がいるんだと思った。衝撃のあまりその日自分が結局何を選んだのか覚えていない。
それからというもの私は彼のファンだ。もちろん沢山食べるところもだけれど、その食べ方に惚れ惚れするのだ。
「いただきます」
まず料理が運ばれると手をしっかり合わせて控え目に言う。私はそれを見て一人暮らしを始めてから一回もいただきますと言ってない気がして少し恥ずかしくなった。私もそれから控え目に自分自身に話しかける様にいただきますということにした。
そして一番好きなところは一口が大きいところだ。こぶしも入りそうなくらいに大きな口を開けて頬張る。そして黙々と食べ続けるのだ。何となく納得しながら食べてる感じが堪らなく良い。自分が食べてるわけじゃないのにとても満たされた気持ちになる。
そんなに朝から栄養が必要なことをしているのか、それとも体質的に大食いなのか。こんなに観察しているが疑問は消えない。
細身で重労働をしているようには見えない。服装からは会社員ではなく、イメージだと花屋とか本屋で働いてそうな感じ。そして年齢も顔が童顔なこともあって何とも言えない。学生だろうか?私と同じくらい?いや意外とすごく上だったりするかも。
彼はこんなにも熱い視線を向けている人がいるということに気が付いているのだろうか?いやたぶん気付いていない。彼は食べることに集中しているのだ。
私は嫌われも良いから、いつか彼に沢山抱えている質問を直接聞いてみたいと思っていた。
そして絶好のチャンスが訪れた。
今日は初めて見る男性の店員さんだった。
いつもこの時間にいる人たちは顔ぶれが変わらなく、何となく自分の席が決まっている感じで、お互い暗黙のルールで相手の席には座らないように配慮していた。そして店員も同じように気を使っていた。だからこそ今まで出来なかったけれど、今日は店員が違うので彼の席に座ってみることにした。これでもしかしたら話せるきっかけを作れるかもしれないと思った。彼の席に座るといつもコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるおじいさんがぎょっとした感じがした。
きた。彼の姿を見た瞬間、また今日も朝がきたと実感する。
だけど今日は一味違う。何で彼の席に座ってしまったのだろうと今更後悔する。心臓が強く脈を打ち、下を向いているのに彼がお店のどこの通路を歩いているのかわかる気がした。彼が目の前に来たのを感じて顔を上げると、彼はあっという感じで一瞬たじろぎ、見渡すと私のいつも座っている席に座った。とてつもない気まずい空気になる。いやそうなるだろうと言いたいかのようにおじさんが咳き込む。
私は思わず立ち上がって、自分の席と彼の席を交互に指さして交換します?みたいなジェスチャーをした。
お互いにあっあっというように譲り合いいつもの席に座ろうとした。
「あの!質問があるんです。」
私はやっぱり勇気を出して振り返って彼に向って声をかけた。
「あ、はい」
彼は目を見開いてびっくりしている。
「お昼ご飯はどれくらい食べるんですか?」
勢いで一番気になってる質問をしてみた。彼は目を見開いたまま固まると、口元に手を持ってきて笑い始めた。私は顔が真っ赤になった。私たちは朝の静かな雰囲気の中でかなり目立っていた。
「とりあえず座りましょう」
彼はいつもの彼の席に呼んでくれた。私は座ってから彼の顔をまともに見ることが出来なかった。
「とりあえずごはん頼みますか」
彼がそう言うといつものあの朝の空気感を感じ、何だか和やかな気持ちになった。
「はい」
私は嬉しいような恥ずかしいようなでも幸せな気分になった。お互いくすくす笑いながらメニューを見る。これから何を話そう。一か月分の質問を思い浮かべながら、今日もメニューを考える。
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