三途の川。虹の橋。
三途の川について、なんとなく調べてみると、住職のブログにて、良くないことなんだと、書かれてありました。
三途の川には、良くない行いした方が、橋を渡れないそうです。
川の流れも三途に分かれている。
程よくちゃんや不良、悪党に分けられているんですね。
母に話すと、そうねおばちゃんが、幼いとに言ってたわ。と懐かしそうでした。
そう、伝えてゆきながらも人間としての道徳心を説つするためのお説教なんでしょうね。
良い行いは、当たり前なんですが、道が外れることもある。しかし天へ去るときに必ず見分けられます。
だからこそ、悪じを働かせずにきちんと生きなさい。とね。
お天道様は、見ています。ということです。
毎日のように詐欺メールをしている人や不平不満ばかりいい。感謝を忘れていたり、人をバカにしたり、戦争したりそんな時代ですが、三途の川にて、生前の悪事を働いたかは、必ずしも見抜かれてしまうという話なんでしょうね。
生前に良い行いしたら、三途の川の橋を渡り天へ行ける。
虹の橋のふもとの話も同じ共通点があります。
少し悲しいですが、親より早く亡くなった子供は、橋の前にて、石積みしないとならない。
そして、石を積んでも、鬼に壊されてしまう。
そんなことの繰り返しにお地蔵様が助けてくださり親代わりになったそうです。
おとなになるまで、育ててくださり橋を渡れるようにしてくださるのかな?
それには、親の大切に想う気持ちこそが、大切なんですね。
命のつながりそして、心の結びつきです。
だからこそ、水子と呼ばれる子たちは、汚れを知りません。親に何かしらの悲しみや命の大切さを学ばすために授かりました。
だからこそ、水子と呼ばれる赤ちゃんの魂は、たまりません。
祟るどころか、温かく見守ってくださります。
自然の恵みであり命は、変わりがなく尊い。とね。
また、ペットたちも姿は、動物でも、私たちを癒し幸せにしてくれたり、たくさん手を焼かしてくれたり、命の大切さを学ばしてくれた。
だからこそ、虹の橋のふもとにて、花畑で遊んでいます。
日本で言われる三途の川の橋のふもとですね。
きっと、赤ちゃんや子どもたちと同じ様に菩薩様が、大切にご加護してくださっています。
そして、小さな子どもたちもお世話してくれているでしょう。
そう、思い描くことによりヒューマンロスやペットロスから乗り越えたりまた、新たな生命が、芽生えても供養という形にて、ともに生きれますね。
また、芽生えなくても、大切な子どもたちやペットたちは、毎日、里帰りしてきてくれます。
大切に想う気持ちを忘れないことこそが、天国の大切な家族と結ばれる唯一の形なのです。
目に見えなくても心は、結ばれています。
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