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英語の発音記号とIPAの違い

本稿では一般米語(General American, GA)の発音記号とIPAを比較し、主な相違点について説明します。これを読めば、単語についている発音記号と実際の発音が違って聞こえるという謎が解決されるかもしれません。


/ /と[ ]の違い

私の体感では、発音記号に使う括弧は/ /より[ ]が多く使われている印象です。しかし英語の発音記号は英語の音素を表記したものですから、IPAの規則で考えれば/ /で囲むのがより正確だと思います。

母音

図1~5は、IPAで定義された母音の位置と英語の音素を示したものです(参考文献の母音図に/ɚː/が記載されていなかったため、下の図でも省略しています)。IPAと音素の位置を比較すると、調音位置が全く異なることが分かります。発音記号に使われている文字そのものだけを見てそのまま図1のように発音してしまうと、絶妙に違和感のある発音になってしまいます。

/ɪ, ʊ/

図2の弱/ɪ/と弱/ʊ/は強勢がなく、/ɪ/や/ʊ/の中でも/ə/に近い音です。/ə/と区別されずに表記されることもあります。rich /rɪ́tʃ/とeffect /ɪfékt/、good /ɡʊ́d/と July /dʒʊláɪ/を比較すると違いが顕著です。
より単純化された表記法では/ɪ/と/i/, /ʊ/と/u/が区別されず、それぞれ/i/,  /u/に統合されます。この場合、sin /sin/とseen /siːn/、full /ful/とfool /fuːl/は母音の長短が違うだけに見えますが、実際は異なる音です。
/ʊ/はスモール・キャピタルの/ᴜ/を使うこともあります。

/ɚ/

/ɚ/, /ɚː/も単に母音の長短の違いとして表記されることが多い印象があります。実際には”center” /séntɚ/のように強勢のないものが[ɚ]、”bird” /bɚd/ のように強勢のあるものが[ɜ˞ː]で、/ɚ/, /ɜ˞ː/と表記されることもあります。

/e/

音素表記では短母音の/e/が/ε/と表記されることもあります。図1を見ると/e/の音声は[e]より[ε]に近いのですが、GAでは[e]と[ε]の対立がないので、GAに限った話の場合は/e/で問題ないです。

斜体

斜体で表記された発音記号はそれが特定の状況で脱落することを意味します。実際、”tune” /tjuːn/の/j/や”superior” /sʊpíəriər/の/ə/, /r/はGAでは発音されません。おそらく、多くの書籍で/ɚ/を2つの記号を使って/ər/と表すのはGAとGB(General British)の違いを限られたスペースで表現するためかもしれません。

強勢

IPAでは第一強勢は[ˈ]、第二強勢は[ˌ]で表記され、例えばuniversityなら[ˌjuːnɪˈvɚːsəɾi]と表されます。一方、多くの英語の発音記号ではアクセント記号を用いて/jùːnɪvɚ́ːsəti/とします。なおIPAではアクセント記号を音の高さを表す記号として使います。高低アクセントをもつ日本語の例を挙げると、「大学」は/dàíɡákɯ́/と表すことができます。

子音

図6の表は英語の子音を示したものです。

/t̬/

/t̬/という記号が使われることがあります。これは/t/が有声化していることを表しますが、有声歯茎破裂音[d]ではなく有声歯茎はじき音[ɾ]で発音されます。これはいわゆるflap-Tであり、日本語の/r/にもよく似ています。強勢のある母音とない母音の間、強勢のある母音と/l/の間、強勢のない母音どうしの間で発生します。IPAではありませんが、/ṭ/という表記もあります。

/h/

日本語の/hi/は無声硬口蓋摩擦音[ç]を使って[çi]と発音されます。一方で英語の/hiː/, /hi/, /hɪ/, /hjuː/, /hjʊ/の場合は音声表記でも[hiː], [hi], [hɪ], [hjuː], [hjʊ]です。

/r/

いわゆる巻き舌を表す有声歯茎ふるえ音[r]とは異なり、/r/は[ɹ]と表記されます。精密表記では有声後部歯茎接近音[ɹ̠]であり、歯茎音[ɹ]よりも調音部位が後寄りです。これは中国語の/r/などに見られる有声そり舌接近音[ɻ]にも近い音です。また、/r/は多くの場合唇音化して[ɹ̠ʷ]となります。

/tr, dr/

/tr/, /dr/はそれぞれ[t̠ɹ̠̊ ̝ ], [d̠ɹ̠ ̝ ]と表記される破擦音です。単一の音素とはみなされませんが/t/や/d/に/r/が続くときに現れます。[ɹ̠̊ ̝ ]は無声後部歯茎非歯擦摩擦音であり、歯擦音の[ʃ]とは異なります。そり舌音に近い/r/と同様に、/tr/, /dr/もそれぞれそり舌破擦音[ʈʂ], [ɖʐ]に近い音になります。

/j/

/j/は有声硬口蓋接近音[j]であり[i]に近い音です。しかし、舌と上あごの間にできる空間は[i]のそれよりも細く狭いために母音とは異なる響きになります。また、/ji/のように狭母音が続く場合は/j/の調音位置が通常の[j]よりも高くなり、有声硬口蓋摩擦音[ʝ]になることがあります。

鼻音+無声摩擦音

鼻音に無声摩擦音が続くとき、鼻音と同じ調音位置の無声破裂音が挿入されます。ただし、France [fɹænts]の音素表記は/frants/ではなく/frans/です。comfort /kʌ́mfɚt/ [ˈkʌɱp̪fɚt]やstrengthen /stréŋθən/ [ˈstɹeŋkθən]なども同様です。

/l/

/l/は強勢のある母音の前では有声歯茎側面接近音[l]です。それ以外では、暗いLと呼ばれる有声歯茎軟口蓋接近音[ɫ]で発音されます。これは[l]の軟口蓋化または咽頭化を統合した記号であり、個別にはそれぞれ[lˠ], [lˤ]と表記されます。
この暗いLですが、最近では舌を歯茎につけずに[ɯ]と発音する話者が多くなりました。そのため、people /piːpl/は[ˈpiːpɫ̩]または[ˈpiːpɯ]と表されます。

音節主音的子音

音節の中心になる音を音節主音と言います。普通、音節主音は母音ですが、/l, m, n/などの子音も音節主音となることがあります。このような音節主音的子音は[l̩, m̩, n̩]と表記します。rhythm /rɪ́ðm/ [ˈɹɪðm̩], sudden /sʌ́dn/ [ˈsʌdn̩], apple /ǽpl/ [ˈæpl̩]などの例があります。

参考文献

竹内真生子 (2014) 『日本人のための英語発音完全教本』アスク出版
編 竹林滋 (2002) 『研究社 新英和大辞典』研究社

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