立川談春「慶安太平記」
談春の「慶安太平記」
「芸歴四十周年記念独演会」で、談春は二回に分けて「慶安太平記」をかけた。
「宇津ノ谷峠」と「吉田の焼き打ち」の二題である。
「慶安太平記」は、由井民部之助正雪の生い立ちから、その後幕府転覆を企んで、その陰謀がまさに事を起こす直前に露見して、それは叶わず自害するまでの生涯を講談に脚色した読み物で、講談では全十九席ある。
談春の師匠談志は、その中から、自分が面白いと思うところを四席ほど選んで、高座で喋っており、それが録音で残っている。
談春は、基本的には談志が喋ったものにのっとって高座にかけている。
この「宇津ノ谷峠」と「吉田の焼き打ち」は、さすが談志が選んだだけあって、実に面白い。
なんと言っても、談志の口調が抜群によい(もちろん談春もよいが)。
この「幕開き」から「宇津ノ谷峠」、談志の鈴本演芸場での昭和52年の五月の連休の最中である5月4日の実況録音が音源として残っている。
本篇はもちろんだが、まくらがめちゃくちゃに面白い。
当時の談志は参議院議員を務めており、沖縄開発庁政務次官の任にあったのだが、記者会見に二日酔いで登場してしどろもどろの会見を行って、その任をクビになった直後(かな?)の高座である。
あまりに面白いので、ほんの一部を紹介すると、「オレが日本の仕事を真剣に取り組むようになったら日本は落ち目だと思やいい、そうだろ、こういうの泳がしとかところが豊かなんだよオレに言わせりゃ」、「えばるようだけど落語ができる国会議員、オレしかいねえじゃん、福田(福田赳夫のこと)の「野晒し」なんて聞いたことねえだろ、大平(大平正芳のこと)の「蝦蟇の油」なんてなぁ面白くもなんともない、ウ〜ア〜ウ〜(大平正芳の口真似で観客爆笑〜拍手)」というような按配。
「え〜あんまり面白くない噺をするから。あんまり面白い噺ばかりやるとお客やっぱりだんだんだんだん図に乗るといけないからね、たまには面白くない噺をする。あんまり聴いたことない噺、聴いたことないってのはやり手がいねえからなんだよ、やり手がいねえってのは面白くねえからなんだ、あん、そういうことだ、ものは順にいってんだよ……芝、三縁山広度院増上寺、広い板の間にね、大勢の坊主が集められて〜」と、こう噺に入っていくのだが、これが面白くないどころではない。抜群に面白いのである。もちろん、その面白さは、こんな文字面では伝わるわけはないので、ぜひこの録音を聴いてみてほしい。「談志ひとり会」の第四期に入っている。
繰り返すが、談春の口調もとてもよい。談春の高座に接したあとにあらためて家元の録音を聴くと、これがまた実に味わい深く楽しめるのである。
ところで、談春は、「吉田の焼き打ち」に入る前のまくらで、次のように振っていた。「人は不当な状態におかれて差別、弾圧を受ける」 徳川幕府成立後、徳川に対抗した(豊臣側についた)大名以下武士たちは、ご存知のように不遇を囲う運命となった。たまさか敗北した陣営に加担をした(させられた)がゆえに、結果的に不当な、そして差別、弾圧を受ける状況に追い込まれるわけである。徳川家(とくせんけ)に恨みを抱くそのような大名以下武士たちの数は、その当時の江戸において、相当数にのぼっていたことは容易に想像できる。そういう人々のルサンチマンを巧妙に集積させて、ひとつの大きな力として纏め上げた(纏め上げようとした)のが由井正雪であろう。そのまくらがあるがゆえに、談春の「慶安太平記」は、師匠談志とはまた異なる世界観を作り上げることができたという印象を抱いた。
返信転送
リアクションを追加
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?