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移民から考えるメキシコの人々の寛容性

 これまで3か月メキシコで過ごしてみて、全体として、メキシコの人たちは「人見知りしない」「フレンドリー」「寛容」であると思うことが多い。パーティーに様々な人を受け入れ、初対面でも積極的にコミュニケーションをとったり、日本も含め、他の国の文化(特にヨーロッパ)に対して憧れや尊敬の念を見せたり、バスの中で、たまたま隣り合った人同士で世間話を始めたりしているのを見ると、その人懐っこさと好奇心に、驚かざるを得ない。それらはどうしてなのだろう、と考えてみたのだが、どうもこれまでやってきた「移民」や、政府の政策や対応の存在が大きいのではないかと思い始めた。私がこちらに来るまでに学び、イメージしていた「メキシコ人」は、植民地時代にやってきたスペイン人、もともとアメリカ大陸に住んでいた先住民の人たち、アフリカから労働のために連れてこられた人々、混血の人々のみだった。しかし、19世紀から20世紀前半頃まで、ヨーロッパのイギリス、フランス、スペイン、中東、アジアなど世界各地から、より良い仕事や暮らしを求める移民たちがメキシコにやってきて、それぞれの国の文化を伝承してきたことがわかってきた。

 最も驚いたのは、中東から来た人たちの影響力である。メキシコシティには、ポランコという、白人富裕層の多く住む地区があり、そこは日本の表参道や銀座のような、きれいで閑静で、高級そうな場所である。そこには2010年からマイクロソフトのビル・ゲイツ氏を抜いて、4年連続世界一の大富豪にランクインした、カルロス・スリム・ヘル氏が住んでいるそうだ。彼は、テルメックス、テルセル、アメリカンモービルというラテンアメリカの大手通信会社を所有するレバノン系の実業家である。彼の父は1902年、14歳のときに、オスマン帝国による徴兵から逃れるため、メキシコに移住したという(その他にも、シリア、パレスチナ、アルメニアからも多くの人々が移住したようだ)。メキシコにおける貧富の格差というのは、てっきり植民地時代から続くスペイン人たちと先住民系の人々の間でのみ存在するのだと思っていたが、実際はグローバル化の波に乗って、上手くのし上がってきた実力者たちが、世界中に散らばっていて、その人たちが各国で大きな影響力をもたらしていることがわかった。日産の元社長であるカルロス・ゴーン氏も、両親がレバノン系で、ブラジルで生まれ、レバノン、フランスで育ったようだ。そういった外国人の場合、税金などは取り立てられないのではないか?とある知り合いの方が言っていて、なるほどと思った。国のルールがそれほど働かない外国という空間で、お金を使って人や物を動かすことができる彼らは自由で、怖いものなしだなと感じた。中東系の移民の人々が皆大富豪というわけではないと思うけれど、国内の宗教的対立など、厳しい状況に耐えてきた人々が多いためか、かなり優秀なのだなとも感じた。

 イギリスの人たちは、鉱山でのトンネルの水の氾濫を解決するため、1824年、メキシコの独立達成後、会社単位で呼び寄せられた。彼らは1825年にサッカーを始め、アメリカ大陸にそれを広めたという。フランスからの移民は16世紀、ヌエバエスパーニャの時代から存在したのだが、特に1876年からの、ポルフィリオ・ディアスの時代、彼自身や政府がフランスの文化に多大な関心を寄せていたことで、増加したようだ(労働者が呼び寄せられた)。イタリア人たちは、19世紀初頭、ナポレオンによる侵略から逃れるため、スペイン人たちは、主に1936年から1939年のスペイン内戦から逃れるため、メキシコへ移住した。日本人移民は、海外での事業拡大を目指す榎本武揚の指導の下、1887年、初めてメキシコのチアパスに到着した。(それぞれ、集団で移動した場合の移民についてとりあげた。実際はもっと前の時代にも行き来はあったと思われる)。

 このように、労働機会の必要性、戦争からの逃避など、理由は様々であるが、いろいろな国から人々はやってきたし、政府もそれを必要としている場合もあったということだろう。そのためか、メキシコで3か月暮らしてみて、彼らが外国人に対して「他人」「異人」と敬遠する雰囲気は全くないなと感じる。食べ物に関しても、アジア・中東食材店、日本料理(最近増えてきたようで、おいしく本格的な店がたくさんある、中には味や内容が怪しい店もある)、中華料理、韓国料理、レバノン料理、アルゼンチン料理、イタリア料理(こちらのイタリアンはとても本格的でおいしいと思う)など、世界各国のものが好まれている。しかし、あるメキシコ人の友人は「メキシコ人は、外国人に対しては優しく好意的だが、逆にメキシコ人同士ではそれほどでない場合がある」と話していた。外国人に対して排他的で、内輪で固まる日本人とは対照的である。自分たちの国にも誇りを持ちつつ、他の国の良いところも取り入れようとする姿勢がとても素敵だなと思う。

 しかし、一つ気づいたことがある。現在先住民運動などで非難されるのは、昔から土地を奪ってきたスペイン人、後からやってきたアメリカ企業が多いけれど、300年の歴史の中で、やってきた移民の存在によって、富裕層はもっと多様化したのではないだろうか?土地を奪う以外にも、税金を払わないとか、富を独占しているなどの行為を行っている外国人の存在があるのではないか?外国人に対して寛容であることはありがたいけれど、国内の貧困問題に、外国人が大きく関与しているということを、メキシコ国民も外国人である私たちも、もしかしたら見落としているかもしれない、と思った。メキシコの富裕層について、もう少しこれから考えてみたい。

 

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