左右のサイズが違うランニングシューズ

もう何度目かになる。昨年暮れ、福島市にある『小児難病とその家族を支援する施設『パンダハウス』で施設の清掃と花壇の手入れなどのボランティアをさせてもらった。そこは主に、福島医科大学病院の小児科に入通院する子とその家族とが利用している。先の見えない闘病。それは過酷な砂漠に家族ごと放り出されたかのような孤独と苛立ちと無力感を乱暴に抱かされるようなものではないだろうか。このパンダハウスとは、そのさ中に現れるオアシスのような施設だ。中途で失明した僕にとって、そこへと思いが傾かない訳がなかった。闘病と言うほどの辛い者もない。施設周囲にはまるで、何かのかさぶたのような朽ちた落ち葉が積もっていた。踏むと脆く砕けた。落ち葉の砂漠に埋もれるような不安な気持ちに締め付けられたが、強い秋風がそれを払った。一刻も早く冬が終わり春がやって来ることを祈るように僕は落ち葉を拾い集めた。そして花壇には冬の寒さにも決して負けないパンジーの花を植えた。蕾も茎も小さくか細かった。それを優しく包むように一つ一つ植えていった。
福島大学人間発達文化学類2年の女子学生2名もこれに参加し「土に触るのは小学生ぶり。」と、懐かしそうに植え替え作業していた。その一人との話しに僕は驚いた。足の大きさが左右で違うと言う。靴のサイズは右27.0cm左24.0cmだそうだ。その原因は不明。幼少期には骨の成長を止めるためにステーぷらー(医療用ホッチキス)手術を受けるほどだった。右27.0cmのサイズでシューズは買うしかない。当然24.0cmの左足には大きすぎる事になる。それによる悔しい経験もあったのではとの想像は抑えられなかった。女子学生は話続けた。今ランニングを始めてみたいが、そのためにはサイズ2種のシューズが必要になる。大きすぎては走ることは難しく危険だ。昨今決して安くはなくなったランニングシューズの価格を目の当たりにして購入に悩んでいると話した。
福島市で老舗の『オノヤスポーツ』の武藤悦夫さんにその学生の事を僕は相談した。「そういう人もいるんですね。わかりました。考えてみます。」 面倒なだけで何の利益にもならない僕の相談を悦夫さんは一瞬の躊躇いもなく引き受けた。その返答は僕のマラソンの伴走を引き受けてくれたあの時と全く変わっていなかった。あの時からその人柄が全く変わっていないことに嬉しさが込み上がってきて、僕もそのようにありたいとの尊敬を覚えた。
その学生は先月留学した。「このランニングシューズで今日もドイツ地を走っています。実は、左右それぞれの足のサイズに合ったシューズを履くのは人生で初めてだったんです。とても気持ちがいいです。ありがとうございました。」 ドイツから送信されたその女子学生からのlineには悦夫さんへの心からの感謝が添えられていた。悦夫さんが与えた優しさはその女子学生のこれからの人生に豊かな経験を引き寄せるに違いない。それは他人から与えられる優しさを知る者だけが引き寄せられるものではないかと僕は確信しているからだ。僕の経験を通じて。

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