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みこちゃん出版速報『再起へのナインボール』赤星香一郎

 赤星先生の未発表原稿、みこちゃん出版よりリリースいたしました!

再起へのナインボール

 他ならぬ小説の私の師匠赤星香一郎作品なので、書きづらい……。しかし、みこちゃんの性格からいうとどうしても、書いてしまいそうだ……。いいや、開き直って書いちゃおう。

 私はエンタメが専門ではなく、純文学畑ですので、純文学からの批評になります。

 赤星先生は、『アルゴリズムの鬼手』という将棋小説もそうなのですが、いわゆる勝負師の世界を描くのが非常に巧みな方です。

 勝負師とはなにか。勝負に強い人、でも必ずしも人生の勝者ではないんです。

 この主人公は、ビリヤードの世界でかつて10年に一人の逸材と言われながら、ボロアパートに一人で住んでおり、当然彼女も奥さんもいない。それどころか、賭け事のビリヤードで小金をもらってなんとか生活をして、家賃も滞納して、大家さんに出ていってくれとまで言われている。

 ビリヤードでは天才の名前を欲しいままにしたけど、裕福な実家からは勘当され、その日暮らしのうちの中、ヤクザまがいの人間にはめられてビリヤードに負けて、一晩で300万円の借金を負う。

 しょーもない人です。

 現実では、こんな男……こんな人生。やですよね(笑)。

 でも、赤星香一郎の手にかかると、こんなに幸せな男がこの世の中にいるのか……。という小説になるのです。

 何度も何度も、自分を慕ってくれる元教え子に(おそらく美少女)助けられる。何年も帰っていなかった家に借金の無心に帰った時に、葬式にも顔を出せなかった勘当した当の父親が心から主人公の活躍を願って、息子が褒められている雑誌を宝物のようにしていたと知らされる。いわゆるできの良いエリートの兄よりも、母親はずっと、俺よりもお前が好きだったと、当の兄から吐き捨てるように言われる。

 でも、主人公は、俺はそんなふうに思ってもらうに値しない人間だと、深く深く染み込んだ負け犬根性から抜けられない。

 そこに、かつてのビリヤードの師匠や、大学時代の親友が「もっとしっかりしろよ、お前の才能はそんなもんじゃないだろ」と時に厳しく、男の友情の優しさで接してくれる。

 最終的に大きなビリヤード大会で賞を取ります。敵であった優勝決定戦の敗者までもが祝福してくれる。

 途中、もちろん赤星香一郎の真骨頂であるミステリ要素がふんだんに盛り込まれています。白眉なのはなぜ、殺人現場のドアが開けたり閉められたりしたのかということです。

 ネタバレになるので詳しくは書けませんが、赤星先生の小説は事件(ミステリ)の中に純文学があり、純文学の中にミステリがあるのです。

 純文学の中のミステリは最後の、お兄さんがいったい見えないところで何をしていたのかが明らかになる時に、一気にでてきます。ミステリという強固な巌から、まるで純文学の噴水が湧いてくるようなラストで、驚異的です。

 おっと、ちと、書きすぎたかな……。

 エンターテイメント小説とは、先生の普段おっしゃる通り「面白ければ良い」なのです。しかし、赤星先生は、おそらく「面白い」という言葉にもっと複雑な思いを込めているはず。

 究極的には、純文学もエンターテイメント小説もないんですよ。芥川賞も直木賞も便宜的なものです。面白い小説とは、人を心底感動させることをあらゆる方面から実現しようとしています。当然純文学も面白くないとね。

 赤星香一郎『再起へのナインボール』はそんなジャンルを超えた「面白い」小説です。ぜひご一読下さい。

 ↑赤星先生の出版の感想でございます。

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