【不定期みこ暴言シリーズ】何でも問題を価値観の押し付けにしたがる人たち
のっけからやはりみこちゃん=悪人説が確認されて、最後まで読まれない恐れがあるんですが、やはり冒頭に言っておこう。
みこちゃんは他人を尊重するということが大嫌いです。
なぜならば、父親に小さい頃から「人を尊重するなどという失礼極まりないことをしたらお前でも許さない」と言われて育ってきた(゚0゚)からです。つまり親のせい。
みこちゃんの父親はあの歳で、にんじんとピーマンが未だに嫌いです。ステーキ屋さんなんて一緒に行ったら、プレートのにんじんのソテーを、みこちゃんの皿に移してますよ(爆)。さすがに小学生じゃあるまいし、代わりにみこちゃんの肉もっていったりしませんけどね。
好き嫌いはしょうがないと思います。でも好きなものばかり食べていては、行き過ぎると、それは偏食というものだと思うのです。
この問題は大切な問題なので、迂回路から攻めてみます。
この連載、今年一番かな(以下引用部分はすべてこの記事から)。
連載のスタートは、会った時に友だちと話を合わせるために数時間の映画を飛ばし飛ばし大量に観てそれで、話が盛り上がりそうな場所だけ探して、話を合わせている若者が増えている、ということでした。
「(脚本家は)本来シナリオは、2時間の映画なら2時間かけて観る想定で書かれているのに……とつぶやいた。当然の嘆きだろう」
これは、映画だけなくていろんなところに散見されます。例えばワーグナーは特にそうですけど、オペラですね。長い!ダイジェスト版が好まれています。
あと世界の教養とかいうのを1ページにまとめている本もはやっています。難しい!ダイジェスト版が好まれています。
でも、作った人から言うとそうなりますよね。
これでみこちゃんが連想したのは、焼き鳥が出てきたらほぐすバカと一緒だなということです。シェアしようってなんなんだ。焼き鳥は女子でも、はむはむ串を利き手に持ってかじるんだよ!あ!価値観の押しつけ開始( ̄▽ ̄)。
なぜかというと、焼き鳥職人さんは、焼き鳥のお肉を刺すだけで何年もの修行がいるんだぞ。その芸術的で鳥の色んな部位を最も美味しく食べるために串に刺す方法が開発されたのである。
今は映画批評雑誌というのがさっぱり売れないらしいです。
「どう観ようが勝手」「観方を押し付けるな」
というのが言い分だそうです。
これも、分からなくはないけど、でも、根本的に誤解している。作った人は焼き鳥にしても、映画批評にしても、それを押し付けようだなんて一つも思ってないよ!僕はいいところはここだよと思う。焼き鳥はこうやったら一番おいしいんだよ。それを職人の匠の心でやってくれている。
スポーツ観戦はこうなっているようです。
「ストレス解消が目的なので、応援しているチームが勝つ場面しか見たくないんです。」
おめー何いってんだよ(゚0゚)
タイガース熱烈大ファンの気持ちわかるか!(爆)
3回まで絶好調でもその後ボロ負けするし、開幕は12球団で一位キープでも結局最後、終わってみれば最下位なんだよ阪神は!でもこれがいいんだ阪神は。阪神ファンの中毒性はおそらくこの辺にあるだろう。強いんだか弱いんだかわからないのよあの球団(笑)。
でも、阪神ファンは一生阪神ファンだよ!巨人ファンにも二種類いるね。弱くても巨人が好きな人もいる。そして弱い巨人軍は嫌いな人もいる。みこちゃんは前者の巨人ファンとは一緒に野球観戦デートして、お互い三塁側と一塁側の別々の外野席に座り(爆)、試合が終わったら勝っても負けても楽しく食事して帰れるんだけど、後者の巨人ファンとは一緒に球場には行かないな。
「ぬるい大絶賛記事のほうが、切れ味鋭い客観分析記事よりもPVを取りやすい現実は、カルチャー系のライターなら誰もが知るところだろう。」
なんだこれは、noteじゃないか( ̄▽ ̄)。
「ぬるい共感記事のほうが、切れ味鋭い客観分析記事よりもPVを取りやすい現実は、noterなら誰もが知るところだろう。」
「ハッピーエンドじゃない作品は見たくない」「主人公は清廉潔白であってほしい」
水戸黄門のDVDをAmazonで買いなさい。こういう人は少なくとも、ほんとうの意味での人と人との邂逅を追求する文学に手を出してはいけない。
それを言うんだったらバラエティ番組で、芸人出身の司会者が、共演者のわざとらしい拍手演出している、あのそらぞらしい光景を思い浮かべよう。
「ここ笑うところだよ」っていう圧力を視聴者にかけている方がよっぽどヘンじゃない?あれめちゃめちゃ同調圧力だよね。あれが共感なのか?ほんとに?
「評論家のような“権威”から、あるいは自信満々な気鋭の書き手から、上から目線で「正しい観方」なんて教わりたくない」
焼き鳥の丁寧な串の刺し方は、上から目線ではない。こうすれば一番ネギともも肉がジューシーに調和する。その丹精を込めた修行の結果を見ていただこうというとても謙虚なことなのだ。
寿司の握り方もそう。職人さんは握り方で修行10年以上だよ。昔男友達が寿司おごってくれるというので一緒に行った。その男がお寿司のネタだけわざわざ剥がして醤油に付けてしゃりに乗せ直して食べていた。
気持ち悪いので、みこちゃんは無口になり、勘定を支払ってもらって、まだ10時なのに「終電間に合わないから」と一人で駅にスタスタ向かったのであった。駅まであるきながら一抹の寂しさを感じつつ思った。これも、食べ方は人からどうこう言われたくない。になるんでしょうか。
少なくとも、板前さんとはなんの話も弾まなかったよ。
自分に心地よいものだけ、好きなものだけ食べる。そして、自分の好きなもの以外は拒否する。とにかく褒めればいいし、褒められたいそれ以外は拒否。それでみんな快適。
そんな快適などくそくらえだ。もっと人と向き合おう。ケンカもバトルもしよう。うちの父親はみこちゃんの作るピーマンの肉詰めと、豚汁のにんじんは残さず食べるよ。おいしいって言ってる。ピーマンとにんじんのあの独特の苦味を消して料理してるからね。
小さい頃のお母さんみたいに、ピーマン食べなさい!にんじん食べなさい!
これは苦手な人は嫌ですよね。
だから……。
ちょっと工夫して、ほんとは美味しいんだよ。
これが大事だ(^▽^)。
価値観の押しつけは良くないっていうのはやはりおかしい。だってさ、価値観力説している人って、めっちゃかわいくないですか?一生懸命焼き鳥について語ったり、聞いてもいないのに脈絡なくバース岡田掛布のバックスクリーン三連発の話をしたり、興味のないポーランドの無名の映画監督のつまらなそうな映画を一生懸命語る。
焼き鳥は言葉で言われてもピンとこないし、阪神タイガースはそれでも弱いんだというのは覆らないし、ポーランドのその映画は多分見ないと思う。
でもみこちゃんは、そのどの話も聞くのが大好きだ。あまりにも面白そうに話すので、もう実物なんてどうでもいいという気分になるよね。なんだかこっちまで幸せな気分になるよ。だから、みこちゃんは世間で言われる価値観の押しつけウェルカムどころか、大好きなんだ。価値観の押しつけも、それをやりたがる人のかわいさも。
おっと、この記事が価値観の押し付けになっていないといいな。みこちゃんは、そういう考え方が好きだ、それだけです。
自分が好きなこととは重ならないことでも、聞いていたら楽しいよ。だって本当はそれは、世間様の言う「価値観の押しつけ」じゃないから。
それでも退屈してきたら、今度は自分から自分の「好きなことの押し付け」やってみようよ。
それが、本当の意味での、もっと高次元での、あるべき「共感」の形なんじゃないのかな…。
一緒のもの食べなくたっていいんだよ。それでも、心から仲良く食べることができるんだ。
人を尊重することで、人との距離をキープして、そして大切なものを失ってしまっていることに気が付かない。そんなことはいやだな、と思う。だからみこちゃんは、人を尊重することはキライです。なんだか、物悲しいんだよね、人を尊重するって。
人を尊重すること。でも実は、人を上から目線で許してあげているという心理的マウントをこっそりと、とっているよね。それがとても失礼なことであるという父親の教えは、私の心の中で大切にしてあります。人を尊重するだと?あんた何様だ。
イラストは盟友ゆうのうえんさんの、LINEスタンプみこザウルスシリーズ第4弾の素材です。みこザウルスが人気出すぎなので、嫉妬したみこちゃんが「あたしも登場させてください」と無理言って(笑)、第4弾は姉妹シリーズ16個になります。現在みこちゃんがコピーライティングしています。ご期待ください!
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