第7回 取締役の競業をめぐる諸問題(会社法の基礎)

今回からは,少し特殊な場合における「取締役の義務」について検討します。すなわち,会社と取締役との間の利益が相反する場面の規律について検討します。

このような利益相反の場面では,取締役が会社,ひいては株主の損害と引き換えに自らの利益を図る類型的危険性が認められます。そのため,株主利益最大化原則〔第3回〕を実現するためには,前回の経営判断原則のように取締役の自由裁量に委ねることは適切ではありません。

そこで,株主と取締役の利益が相反する場面では,この弊害を緩和するための一定の事前規制がかけられる点に特徴があります

以下では,その典型例の一つとして,取締役が会社と同様の事業に従事する場合,すなわち競業の場面を取り上げます。

1.取締役の競業避止義務

会社法は,競業取引について以下のように定めています。以下では,取締役会設置会社であることを前提とします。

第356条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき
二~三(略)。
第365条 取締役会設置会社における第三百五十六条の規定の適用については、同条第一項中「株主総会」とあるのは、「取締役会」とする。
2 取締役会設置会社においては、第三百五十六条第一項各号の取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

この条文からは,「取締役」が「自己又は第三者のために」会社の「事業の部類に属する取引」をしようとする場合を競業取引として定めています。

そして,この競業取引については,「取締役会」における

⑴「重要な事実」の「開示」
⑵「承認」
⑶取引後の遅滞ない「重要な事実」の「報告」

の3点の規律が設けられています。この中でも「開示」と「承認」が,事前規制です。

⑴規制の趣旨

なぜ,このような規制が置かれているのでしょうか。言い換えると,事後の損賠賠償責任の追及のみではいけないのでしょうか。

それは,取締役が会社の事業に深く関与し,ノウハウ・顧客情報等の企業秘密にもアクセスし得る立場にあるところ,取締役が職務上知り得た情報を利用して,会社の犠牲と引き換えに自己の利益を追求する危険が生じるからです(注1)。そして,この危険は,まさに取締役が情報等を流用することのできる競業の場面で発生するのです。

そうすると,事後の責任追及のみでは不十分であると考えられます。そのため,一定の事前の手続的規制がかけられているのです。

⑵規制対象

それでは,規制の対象となる「競業取引」とは,何を指すのでしょうか。①「自己又は第三者のために」,②「事業の部類に属する取引」の2つの面から検討しましょう。

①「自己又は第三者のために」については,いわゆる計算説が有力です。計算説によると,取引の損益が自己または第三者に帰属することとなる場合に,競業取引が認められます

この反対説が名義説ですが,名義説の場合は,取引の権利義務の主体が第三者である場合を指します。この2つの違いは,たとえば,会社名義で取引を行いつつ,その利益を取締役または第三者に帰属させる場合に生じます。この場合,計算説によれば「自己又は第三者のために」した取引と認められます。

取締役が会社の犠牲と引き換えに自己の利益を追求する危険の防止という競業取引の趣旨からすると,「利益が誰に帰属するか」に着目する計算説が妥当であると考えられます(注2)。

②の「事業の部類に属する取引」の要件が,競業取引の核心です。

これは,「会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)および市場(地域・流通段階等)が競合する取引」(注3)を指します(この定義は覚えておいてください)。

「目的物」と「市場」から競合が判断される点がポイントです。そして,この競合は,現在生じている者に限られず,潜在的な競業も含まれることがあります。つまり,山崎製パン事件(東京地判昭和56年3月26日【百選53事件】)によると、会社が進出を企図し市場調査等を進めていた地域における同一商品の販売の場合など、会社の新規進出が相当程度確実である場合は、競業となります

また、「取引」には、販売のみならず購入も含まれ、例えば、原材料を購入する取引も競業となり得ます(注4)。

⑶必要となる手続

さて、取締役が競業取引を行おうとする場合、どのような手続きが必要となるのでしょうか。

今一度確認すると、⑴「重要な事実」の「開示」と、取締役会決議による⑵「承認」が必要となります。この2つはセットです。

まず、「重要な事実」とは、「競業取引が会社の事業にどのような影響を及ぼすかを判断するために必要な事実」をいいます(注5)。たとえば、取締役は、取引の相手方・目的物・数量・価格などを開示する必要があります。

そして、そのような情報の開示を受けた上で、取締役会決議による「承認」が行われることとなります。

また、競業取引を行う取締役は、特別利害関係取締役となるため、「承認」の取締役会決議に参加できません(会社法369条2項)。

以上より、「重要な事実」の開示がない場合、競業取引を行う取締役が決議に参加した場合は、取締役会決議がその瑕疵により無効となり、「承認」がなかったことになります

以上の点に注意が必要です。

また、問題となるのが、取締役が競合他社の代表取締役に就任する場合です。

しばしば誤解を招く点なのですが、「代表取締役への就任」自体は競業取引に当たりません。就任後に代表取締役として行う数々の「取引」が競業取引に当たります。

しかし、個々の取引について承認を経ることは煩雑であることから、実務上、就任時に「包括的な承認」を経ることになります(注6)。また、この場合に開示すべき重要な事実は、競業会社の事業の種類・規模・取引範囲等となります。

さて、ここで応用ですが、競業会社が完全子会社・完全親会社である場合(つまり、全株式を保有し、又は保有される会社)の場合は、どうなるでしょうか。

まず、完全子会社の場合は、子会社が利益を得ることで、その株式価値の向上を通じて、親会社が得をします。そのため、利害対立がないので、「会社の犠牲と引き換えに自己の利益を追求する危険」を防止するという趣旨が妥当しません。よって、「承認」は不要となります。

また、完全親会社の場合はどうでしょうか。たしかに、子会社が損失をこうむり、親会社が得をするのは搾取であるように思えます(この場合、子会社は親会社の株式を保有していないため、親会社が得をしても子会社は利益を得ません)。しかし、完全子会社には、「親会社以外の株主」が存在しないという特徴があります。そうすると、「株主価値最大化」(第3回)という観点からは、唯一の株主である親会社の価値が最大化されているのであれば、会社(株主)と株主の利益相反という問題は生じません。したがって、この場合も承認は不要です。

裏を返せば、「完全」親子会社ではない場合、つまり少数株主がいる場合は、原則に戻り、「承認」が必要であることになります。

このように、規制趣旨や基本に立ち戻って考えることも大切です。

⑷違反の効果

まず、承認を得なかった競業取引は、無効とはなりません。そのため、事後の救済、つまり会社による損害賠償請求が問題となります。これは、「法令違反」に当たるので、「経営判断原則」の適用はありませんね(第6回を思い出しましょう)。

ところで、山崎製パン事件は、奇妙な救済方法を選択しました。本事件は、取締役が、競業他社のほとんどの株式を買い取り、主宰者として競業を行った事案です(余談ですが、もちろんパン屋さんです)。裁判所は、会社と取締役との間に子会社を設立するという「委任」があったとし、委任義務の履行として「会社への株式の引渡し」を認めました。もっとも、これは、かなり例外的な救済方法であるので、現在は損害賠償に限るべきでしょう

それでは、現に承認を経ず、取締役が競業取引を行っている場合、会社は競業取引の「差止め」を請求することができるでしょうか。これは、教科書には載ってませんが、今回までの知識からわかることですので、宿題とします。

2.競業取引に類する行為

さて、ここまでは競業取引を扱ってきましたが、以下では、競業取引に「類似する」問題を見ていきます。

⑴ 会社の機会(corporate opportunity)

まずは、会社の機会の法理が問題となります。

たとえば、電化製品の販売会社が、店舗用の土地を求めているときに、取締役が、有望な土地を購入する機会を得て、かつ、自己又は第三者のためにこれを取得する場合については、「事業の部類に属する」取引とは言えず、競業取引には当たりません(注7)。このように、会社が求めている取引機会を取締役が奪う場合を、会社の機会の奪取といいます。

これについては、取締役の忠実義務(会社法355条)が問題とされます。利益相反がある場面だからです(第5回参照)。

具体的に如何なる場合が義務違反となるのかは難しい問題ですが、①取締役が会社の情報を利用して「機会」にアクセスした場合や、②「機会」を取得することが、まさに取締役の職務である場合は、忠実義務違反となるでしょう(注8)。

⑵ 従業員の引き抜き

また、退任を予定する取締役が、他の従業員を引き抜いて新たな事業を始めたりする場合も、同様に、忠実義務違反の問題を生じ得ます。

しかし、従業員にも「職業選択の自由」(憲法22条1項)があるのですから、引き抜きがただちに忠実義務違反に当たるとすることはできません。

これについては、「自ら教育した子飼いの部下」である従業員を「会社の財産としか見ない」ことは不当であり、諸般の事情を考慮すべきであるという有力説があります。すなわち、取締役の退任の事情・従業員と取締役との関係(自ら教育したか等)・人数等の会社に与える影響を総合的に考慮し、不当な態様のもののみが忠実義務違反になると主張します(注9)。

もっとも、「利益相反」の要素を重視すれば、忠実義務違反へと傾くことにもなります。これは、まさに「公正性」と「効率性」(第1回)が衝突する場面ともいえるかもしれません(注10)。

3.まとめ

以上、今回は、競業避止義務とそれに類似する問題を考察しました。

ここでは、いずれも、会社・取締役間の利益相反が問題となっていることを抑えておいてください。ここから、株主価値最大化のために、事前規制が要求されます

次回以降も、この利益相反と事前規制の問題を扱っていきます。

注1)高橋美加ほか『会社法〔第3版〕』199頁〔高橋〕。
注2)田中亘『会社法〔第3版〕』251頁。
注3)江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』453頁。
注4)江頭・前掲注3)454頁。
注5)高橋ほか・前掲注1)202頁。
注6)高橋ほか・前掲注1)200頁。
注7)北村雅史『取締役の競業避止義務』120頁。
注8)田中・前掲注2)288頁。
注9)江頭・前掲注3)457-58頁。
注10)もっとも、効率性の観点から有力説を支持する見解として、田中・前掲注2)287-88頁を参考にしてください。

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