第10回 取締役会決議(会社法の基礎)
前回3回は,主に,会社と取締役との間に利益相反がある場面における規律を見てきました。
今回は,少し角度を変えて,「利益相反を排除する仕組み」として用いられてきた「取締役会」について少し詳しく見ていきます。
たとえば,競業取引(第7回)や利益相反取引(第8回)について,取締役会設置会社の場合は,取締役会決議による「承認」が必要でした。また,報酬の場面(第9回)でも,決定方針は取締役会が決定します。
このように,利益相反を規律する場面では,取締役会が装置の一つとして用いられることが多くあります。
そこで,今回は,取締役会という装置が有効に働くための規律を見ていくことにします。
1.取締役会とは?
取締役会とは、全取締役により構成される「会議体」です(会社法362条1項)。
会議体ということは,みんなで集まって話し合い,一定の意思決定を行う集団であるということです。
取締役会の役割は,①会社の業務執行の決定,②取締役の職務の執行の監督,③代表取締役の選定・解職です(会社法362条2項)。
取締役会の役割を理解するためには,「業務の執行」と「業務執行の決定」の関係を理解する必要があります。
取締役会設置会社においては、「業務執行の決定」を取締役会が行い(会社法362条2項1号)、その決定に基づき、代表取締役らが「業務の執行」を行う(会社法363条1項)というのが、基本形になります。
つまり、取締役会には、業務を執行する「経営者」である「代表取締役」と、それを監督する立場にある「他の取締役」の2種類の取締役が存在しうるということです。
これは、「他の取締役」が「代表取締役」に対し、監督を行うというガバナンスモデルであり、これは、他の取締役は監視義務を負うということを意味します。
取締役会は、「職務の執行」を「監督」します(会社法362条2項2号)。これも、決定/執行モデルに基づく「監督」の場面です。さらに、執行を担当する代表取締役の選定・解職の権限も取締役会にあります(同3号)。これも、「監督」の実効性を確保するためです。
また、代表取締役らは3か月に1回以上、業務執行の状況を取締役会で報告しなければならないとされていること(会社法363条2項)も、監督のためなのです。
このような権限配分によるチェック・アンド・バランスが、所有と経営の分離した取締役会設置会社のガバナンス構造なのです。
2.取締役会の運営方法
それでは、会議体としての取締役会はどのように運営するのでしょうか。
まず、招集権限を有する取締役(会社法366条)が、「取締役会の日の一週間前までに」、各取締役に対し招集通知を発します(会社法368条1項、なお、2項により全員の同意がある場合はこれも不要)。これは、書面による必要はなく、電話やメールでも差し支えありません。
また、「議題」(何を決議するか)を付す必要もありません。機動的な業務執行を行う必要がある上に、経営の専門家である取締役に情報収集等のための準備期間を与える必要性は低い、というのがその理由です(注1)。
また、監査役がいる場合は、監査役には取締役会への出席義務があることから(会社法383条1項)、監査役に対する招集通知も必要となります(会社法368条1項かっこ書き)。
次に、招集通知を受け取った取締役は、自ら、出席の可否を判断し、取締役会に出席することとなります。
決議が有効となるための「定足数」は、「議決に加わることのできる取締役の過半数」(会社法369条1項)です。たとえば、10人いれば6人が出席しなければ決議ができないことになります。
なお、欠席した4人は、第三者を通じて、又は、他の取締役を通じて、代理出席することはできません。株主が「その人」を選んだのであるから、「その人」以外の人が会社を運営したら困るというわけです。
なお、監査役も出席することになりますが、監査役は議決権を有しません。
さて、そうすると、今度は「決議」を行うことになります。
もっとも、通常は、いきなり決議を行うのではありません。決議の前に、審議を行い、話し合うことになります。そのうえで、決議に移ることとなります。
決議の成立要件は、出席した取締役の「過半数」です。例えば、6人出席すれば4人の賛成が必要となります。そうして、決議が成立することになるのです。
取締役会を行う場合は、議事録を作成します。
出席した取締役らは、「署名」又は「記名押印」しなければなりません(会社法369条3項)。
そして、決議に参加した取締役であって「議事録に異議をとどめないもの」は、決議に賛成したと推定されます(会社法369条5項)。この推定が働くと、違法・不当な決議をした際にもこれに賛成したと推定されることになります。
3.重要な業務執行
取締役会は、「業務執行の決定」を行います(会社法362条2項1号)。しかし、全ての業務執行について、その都度、取締役会を開催し決定を行うというのは、非常に煩雑なものです。
そのため、業務執行の決定の多くは、代表取締役に委任されることが通常です。この場合、代表取締役が、業務執行の「決定」とその「執行」の両方を一人で行うこととなります。
しかし、取締役全員の協議により適切な意思決定がなされることが期待される「重要な業務執行」の決定は、このような委任を行うことはできず、取締役会で決定しなければなりません(会社法362条4項)(注2)。この「重要な業務執行」の例示は、以下の通り、4項の各号に定められています。
このうち、特に重要であるのは、「重要な財産の処分及び譲受け」(1号)および、「多額の借財」(2号)です。
これについて参考になる判例が、最判平成6年1月20日民集48巻1号1頁【百選60事件】です。同判決は以下のように判示します。
このように、総合考慮基準が採られています。また、多額の借財の「多額性」も、これと同様に「総合考慮」の枠組みに拠ることになります(注3)。
以下では、判断の方法を検討します(注4)。
②の「総資産に占める割合」については、「総資産」である点に注意しましょう(第2回参照)。この割合の基準としては、1%が挙げられることが多いです。
③「保有目的」については、会社の財産や営業に重要な影響を与えるかどうかが問題となります。平成6年判決では、相互保有目的株式が問題となっていましたが、資本提携といった要素も判断に加わると考えられます。
④「処分行為の態様」については、検討が難しいですが、対価が得られない場合は、重要性の肯定要素となります。
⑤「従来の取扱い」は、類似の取引について、過去に取締役会決議を経ていた場合は、肯定方向に働きます。もっとも、逆に、従来は取締役会決議を経てこなかったからと言って、重要性を否定するという帰結にはならない点については注意が必要です。
以上の点を総合的に考慮して、重要性を判断することになります。
4.特別利害関係取締役
以上が、取締役会の通常の作用です。ここからは、いわゆる「異常事態」についてみていきます。
まず、決議に参加する取締役が、決議について個人的な利害関係を有する場合です。
このような場合について会社法は以下のように規定しています。
ここでは、特別利害関係人は、取締役会の議決に参加することができない旨が規定されています。
ここで問題となるのが、どのような場合に「決議について特別の利害関係を有する」といえるのかです。
議決からの排除という「事前規制」が採られている趣旨は、会社と取締役との間の利害対立から生じる忠実義務違反を事前に防止し、決議の公正を確保することです(注5)。ここでも、「利益相反」が「事前規制」を正当化しているのです。
そのため、「特別利害関係」とは、取締役が決議について、会社に対する忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難であると認められる個人的利害関係ないしは会社外の利害関係をいいます(注6)。
それでは,具体的には,どのような場合に「特別利害関係」が認められるのでしょうか。
まず,利益相反取引については,取締役会決議による承認が必要ですが(会社法356条1項2号・3号,365条1項),この承認の決議において,利益相反取引の当事者となる取締役は「特別利害関係」が認められます。
主に問題となるのが,代表取締役の選定・解職の場面(会社法362条2項3号)です。ここでは,選定の代表取締役の候補者/解職される代表取締役が特別利害関係人に該当するのかが問題となります。
まず,代表取締役の「選定」については,一般に,代表取締役の選定につき候補者自身が議決権を行使することは,業務執行の決定への参加にほかならず,特別利害関係には当たらないと解されています(注7)。
これは,すこしわかりにくいですが,要は,代表取締役の選定の場面では,取締役全員が「潜在的候補者」でもあることから,候補者とそれ以外を区別することはできないという理由です。つまり,取締役は誰でも,決議の際に手を挙げて立候補することは妨げられないのです。
これに対し,代表取締役の解職の場面では帰結が異なります。
判例(最判昭和44年3月28日民集23巻3号645頁【百選63事件】)は「本人の意志に反してこれを代表取締役の地位から排除することの当否が論ぜられる場合においては、当該代表取締役に対し、一切の私心を去つて、会社に対して負担する忠実義務…に従い公正に議決権を行使することは必ずしも期待しがた」いため、特別利害関係人に該当する旨判示しています。
もっとも、代表取締役の解職は取締役会内の支配権争いにすぎず、会社・取締役間の利害対立は無いこと、代表取締役の選定とのバランスの考慮から、特別利害関係人に当たらないとする反対説も有力です(注8)。
なお、裁判例の趨勢として、取締役解任を総会議案とする取締役会決議の場合の対象取締役についても、特別利害関係があると判断されています(注9)。
特別利害関係が認められる場合は、以下の効果が生じます。
これに加え、③審議段階から排除されるべきかどうかは議論があります。
多数説は、取締役会が実質的な議論を通じて意思の形成を図る場である以上、討議の段階から特別利害関係人の影響を排除すべきとします(注10)。
なお、取締役が必要と認める場合に審議に参加させることは、適法です。
5. 取締役会決議の無効
次に、取締役会決議に違法な瑕疵がある場合は、決議が無効になるかどうかが問題となります。
取締役会の決議は、会社法において様々な効果を生じさせます。例えば、利益相反取引・競業取引の承認(会社法365条)、株主総会の招集(298条4項)、重要な業務執行の決定(362条4項)、公開会社における新株発行(201条1項)等です。
つまり、取締役会決議は、会社の行う様々な行為の前提となる会議体の意思表示です。
その取締役会決議に瑕疵があり無効となれば、取締役会決議が最初からなかったこととなるため、これらの会社の行為の効力に影響を及ぼしえます。
このことから、取締役会決議がどのような場合に無効となるのかが重要な問題となります。
判例(最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁【百選62事件】)は、以下のように判示しています。
本判決から、①取締役会決議に違法な瑕疵がある場合は、法の一般原則により無効となるが、②決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がある場合は例外的に有効である、という命題が抽出できます。
例えば、特別利害関係人に対する招集通知を欠く場合は以下のように判断されます。
まず①について、特別利害関係人に対する招集通知を欠くことが違法といえるのかが問題となります。これについて、特別利害関係人は審議に参加できないのであるから不要ではないかと思われるかもしれません。
しかし、特別利害関係人であっても、招集通知に示された取締役会の目的事項以外の事項についても審議・決議することができる以上、招集通知を発する必要があります(注11)。
よって、招集通知を発しなかったことは違法です。
次に②について、決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情の有無が問題となります。
これについて、特別利害関係を有する取締役が決議に参加できないのみならず、出席して審議に参加し意見を述べることをもできないと解する立場をとるのであれば、特段の事情が認められることになります(注12)。
問題となるのは、「特段の事情」がどのような場合に認められるのかです。
学説上、「特段の事情」を容易に認めることについては批判が強いのが現状です。
まず、圧倒的多数で決議されているとしても、1人の取締役は、意見を述べること等により他の取締役に影響を及ぼす可能性があり、かつ、その影響の程度を測ることも困難です(注13)。また、決議の結果に影響がなければ常に有効になるとすれば、多数派による違法・不公正な取締役会運営を助長しかねません(注14)。
したがって、「特段の事情」を認めるかどうかは、具体的な事情をも加味して慎重に判断するべきです。少なくとも、出席して意見を述べることが想定されるのであれば、招集通知の懈怠につき特段の事情を認めるべきではないでしょう。これに対し、特別利害関係人の場合は、審議に参加できないことから特段の事情を認めることも可能なのです。
6.まとめ
今回は、取締役会の基本を見てきました。
イメージがしにくいところもあるので、議事録の書式などを実際に見てみることもお勧めします。
次回は、取締役会決議の無効がどのような効果を持つのかを検討します。
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