第5回 取締役の任務と責任(会社法の基礎)

今回は、経営者のとしての取締役の任務と責任についてみていきます。

1.条文の構造

まず、会社法が取締役に対しどのような義務を負わせているのかを、その根拠となる条文から確認していきましょう。

まずは、取締役は、会社に対し善管注意義務を負います。これは、以下の2つの条文により基礎づけられます。

会社法330条 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
民法644条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

この2つの条文から、法人である会社と取締役は、委任者と受任者の関係(委任関係)に立つことがわかります。

次に、取締役は、会社に対し、忠実義務、法令遵守義務、定款遵守義務、株主総会決議遵守義務を負います。

会社法355条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

これらの義務について整理します。まず、善管注意義務と忠実義務は、日本では同じ義務であると考えられています。

そして、会社法はそれに加えて、○○遵守義務を定めています。取締役が遵守すべき対象としては,⑴株主総会決議,⑵定款,⑶法令が挙げられています。以下では、一番問題となる法令遵守義務を前提としますが,そこ言及することは,基本的に,法令以外の事項にも妥当します。

善管注意義務・忠実義務は、原則として手段債務です。これは、取締役は、経営の成功などの一定の結果の実現自体を義務付けられるのではないということです。たとえ経営に失敗しても、そのこと自体が義務違反になるのではありません。ここにおける取締役の義務は、経営の成功、つまり株主の利益の最大化のために最大限に努力する義務です。そのためには、いくつかの異なる方法が考えられます。Aという経営方法を採るか、Bという経営方法を採るかは取締役の判断にゆだねられます。このように、取締役が最善と考える手段を選択することが善管注意義務・忠実義務であるといえます。

これに対し、法令遵守義務は、結果債務です。つまり、取締役は、法令に違反しないという結果を実現する義務を負っているのです。どんなに努力しても、法令に違反してしまえば義務違反が認められることになります。

最後に注意すべき点を述べておきます。これらの義務は、取締役が会社に対して負う義務です。株主や、債権者に対し負う義務ではないのです。

しかし、矛盾するようですが、取締役が株主や債権者に対して義務を負うといった表現をすることも多々あります。この場合は、正確に表現すると「取締役は、会社に対し、株主(又は債権者)の価値を最大化する義務を負う」と読み替える必要があるのです。

ですので、取締役が義務に違反すると、会社が、取締役に対し損害賠償請求権を持つことになります(会社法423条1項の任務懈怠責任)。

株主や債権者が取締役に対し損害賠償請求をするためには、会社法429条の対第三者責任や、民法709条の不法行為責任に拠る以外はないのです。

(なお、株主代表訴訟は、株主が会社の代わりに、取締役に対し、会社に対し損害賠償請求を行うものですので、前者の場合に該当します。この点は注意してください。

以下では、各義務の内容を見ていきましょう。

2.善管注意義務・忠実義務

1では,善管注意義務は手段債務である点を確認しました。ここでは,善管注意義務の内容について簡単に見ていきます。

前提として,会社法のガバナンスの構造として,業務を執行する者と,それを監視する仕組みが規定されていることを思い出してください。善管注意義務も,以下においてみるとおり,概ね,そのことに対応しています。

① 業務の決定・執行の場面

まず,代表取締役や業務執行取締役など,会社の業務を執行する者(以下では「経営者」と言います。)が負うこととなる善管注意義務について説明します。

会社の業務を執行する者は,私たちが通常想像するような経営者です。経営者は,株主の利益を最大化するために最善の努力を行う義務を負います。

もっとも,そうはいうものの,「どうすれば株主の利益を最大化することができるか」という問いには,一つの明確な答えがあるのではありません。つまり,株主の利益を最大化する方法は,いくつも考えられます。そして,経営者は,その中から,自らが最善であると信じる選択を行うことになるのです。

このように,経営者には「一定の裁量」が認められることになります。このことと,善管注意義務が手段債務であることとは,密接に関連します。経営者には,選択において注意を払う必要があるからです。

そして,仮に経営がうまくいかなかった場合に,株主から責任追及を受けるとすれば,経営者は,「利益を最大化する経営」ではなく,「責任リスクを最小化する経営」を行うインセンティブを持つことになります。これを回避すべく,後出しじゃんけんのような責任追及を防止する「経営判断原則」が認められることになります。この点は,次回のテーマとします。

以上のように,利益最大化のためにアクセルを踏みつつ,上手にハンドルを切ることが経営者の善管注意義務を構成するのです。

② 使用人の監視・監督の場面

経営者は、業務を執行するためには他人の手を借りる必要があります。つまり、使用人を雇用し、指揮監督する必要があるのです。

このように、経営者は業務の全てを自らの手で行うことができません。この場合も、一種のエージェンシー問題(前回参照)が生じます。

そのため、使用人が不正行為をしないようにするために、経営者は、自分が担当する業務について、使用人を監視する義務を負います

この際に、取締役に要求されるのは、「普段から果たすべき職責」を果たすことです(注1)。特に、自らが担当する業務については、③の他の取締役に対する監視義務(後述)よりも、高水準の監視が求められます。

具体的には、

⑴不正行為を知っていた場合は、適切な是正措置をとるべき義務

⑵不正行為自体を知らなかったが、その兆候を知っていた場合は、適切な調査を行う義務

を負います(注2)。

この際、特に、⑵の兆候を知らなかった場合のように、他人の違法・不当な行為について、その内容の適正さを疑わせる事情を知り得なかった場合は取締役は責任を負わないという法理を「信頼の原則」といいます。

しかし、自ら担当する業務については、簡単に、信頼の原則が認められるのではない点には注意が必要です。つまり、自己の担当業務については、

⑶能動的に業務執行の状況を把握しようとする義務

も問題となります。ここにおいては、「通常期待される水準の注意」を果たしたか否かが問題とされます(注3)。

③ 内部統制システム構築義務

また、大規模な会社の場合は、支店・支社の数や、従業員数がかなりの数に上り、取締役の監視が困難になります。その場合であっても、取締役が監視を行わなくてもよい、ということにはなりません。

そのため、取締役には、従業員の不正行為を防止するためのシステムを構築する義務を負うことになります。会社の業務の適法性等を確保するための仕組みを構築する義務を、内部統制システム構築義務といいます

イメージとしては、取締役の監視が「自らの目」で見るものである一方、内部統制システムは、「自らの目」で見られない場合に、これを補完する仕組みであるといえます。

詳しくは、回を改めて説明します。

④ 経営者の監視・監督の場面

上記のアクセルとハンドルに対し,経営者の暴走を止めるブレーキの役割を果たすのが,経営者以外の取締役の監視・監督義務です。

特に,取締役会設置会社においては,代表取締役以外の取締役は,業務の執行を行いません。彼らは,代表取締役を監視・監督することが主な役割となります(注4)。

判例(最判昭和48年5月22日【百選71事件】)によると、取締役会設置会社の取締役は、取締役会の構成員として、代表取締役の職務執行一般に関して監視・監督義務を負います。この判例については、⑴「取締役会に上程された事項」のみの監視にとどまらず、⑵自ら取締役会を招集する等の措置をとることまで要求している点を押さえておいてください。

これにより、経営者である代表取締役が、上記の①~③の責任を果たしていることを担保し、株主価値の最大化がきちんと図られているのかをチェックする仕組みが整えられます。

この場合も同様に、取締役は、

⑴不正行為を知っていた場合は、適切な是正措置をとるべき義務

⑵不正行為自体を知らなかったが、その兆候を知っていた場合は、適切な調査を行う義務

を負うことになります。そして、「信頼の原則」が、より働きやすい場面であるといえます。自らの担当業務と異なり、他の取締役の監視には、おのずから一定の限界があるからです。

その限界に応じて、是正義務や調査義務についても、取締役会において調査・是正を求めるなどすれば、義務を果たしたといえる場合が多いと指摘されます(注5)。能動的調査義務も、これに類する水準となるでしょう(単独の調査権限は存在しません)。

以上のように、「監視義務」といえども、自己の担当する業務と、他の取締役が担当する業務については、違いがある点を押さえておきましょう。

⑤ 補足:忠実義務について

判例においては、善管注意義務と忠実義務は事実上、同一視されています(注6)。

それにもかかわらず、あえて忠実義務といわれる場面があることについて、ここで補足しておきます。

アメリカでは、注意義務と忠実義務は区別されています。簡単に言うと、主に会社と取締役の利益が相反する場合に、忠実義務が問題となります(注7)。

これに対応して、日本においても、会社と取締役の利益が衝突する場面では、「忠実義務」の語を用いて説明されることが多いのです(注8)。

「なぜ、この場面では「忠実義務」といわれるのか」を意識することにより、より各論点の問題意識に対する理解が深まることでしょう。

3.法令遵守義務

最後に、法令順守義務について説明します。既に説明したとおり、これは、結果債務であることから、取締役には、「法令に違反しない義務」があり、かつ、法令に違反しないためにするべきことは一義的に定まるので、法令に違反すれば「任務懈怠」が認められることになります。

ここにいう「法令」とは、判例(最判平成12年7月7日【百選49事件】)により、

「会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれる」

とされています。

このような法令に違反すれば、取締役に「任務懈怠」が認められることになります。

一方、取締役は、法令違反について「過失がなかったこと」が立証されれば、取締役は責任を負わないことになります。もっとも、これは、かなり特殊な場合に限られるものです(違法性がかなり微妙な場合など)。

この法令遵守義務は、社会全体の利益を保護する見地から、取締役の利益追求行動に対し、強行法規的な制限を課す趣旨であると理解されます(注9)。つまり、これは、株主利益最大化の例外の一場面なのです。

4.最後に

今回は,取締役が会社に対して負う義務の全体像を把握しました。次回以降は,取締役の負う義務と,責任追及の方法を中心に説明していくこととします。これは,「インセンティブの付与により望ましい状態を作り出す」という,会社法学の特徴的な側面がよく現れる場面でもあるからです(注10)。

注1)高橋美加ほか『会社法〔第3版〕』196頁
注2)大杉謙一「役員の責任」江頭憲治郎編『株式会社法大系』326-27頁。
注3)大杉・前掲注2)325-26頁。具体的には、調査の頻度や、その詳細さが問題となるでしょう。
注4)なお,非取締役会設置会社の取締役は,当然,業務執行の一環として監視義務を負うことになります。
注5)田中亘『会社法〔第3版〕』282頁
注6)最判昭和45年6月24日【百選2事件】
注7)詳しくは、カーティス・J・ミルハウプト編『米国会社法』77頁以下を参照。
注8)高橋ほか・前掲注1)194頁
注9)田中・前掲注5)278頁
注10)最近、この商法独自の観点から法を説明するものとして、森田果『法学を学ぶのはなぜ?』があり、一読を推奨する。なお、理解を深めるためには、必ず、他の法学入門書と比較しながら読むこと。


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