第12回 表見法理と商業登記(会社法の基礎)
1.はじめに
今回も、会社と第三者との間の「取引」を取り扱います。
もっとも、かなり特殊な場合を取り扱います。
すなわち、「第三者が虚偽の外観を信頼した場合」です。
例えば、「取締役だと思っていたのに取締役じゃなかった!」という場合に、第三者の信頼と会社の利益をどのように調整していくのかが問題となります。
今回は少し民法学的な要素も入ってきます。
2.表見法理
まず、問題となるのは、「取引をしたのが代表取締役でと思ったらそうじゃなかった」場合です。
このような場合を、「表見代表取締役」といいます。
これについては、会社法354条が以下のように規定しています。
要件として、代表取締役以外の①「取締役」に対し、会社が、②「社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称」を付した場合、会社は③「善意の第三者」に対し責任を負います。
例えば、平取締役に「社長」という肩書を与えて取引させた場合などが典型的です。
①「取締役」については、平取締役が典型ですが、使用人に代表取締役の名称を付与した場合にも354条が類推適用されます(注1)。
②「社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称」とは、ここに挙げられている「社長」「副社長」のみならず、「代表取締役代行者」「取締役会長」「専務取締役」「常務取締役」も含まれます(注2)。
また、名称を「付した」というのは、会社が明示的に付した場合のみならず、名称の使用を会社が黙認していた場合も含まれます。正規の手続を経ずに取締役の多数がある取締役の名称使用を承認していた場合もこれに当たります。
③「善意の第三者」とは、代表権の欠缺につき善意の相手方です。重過失は悪意と同視されます。
以上が、会社法上の表見法理の一つである表見代表取締役の制度です。
これと類似するものとしては、表見支配人(会社法13条)、名板貸し責任(会社法9条)があります。
3.商業登記の効力
会社は「設立の登記」により成立するなど(会社法49条),会社と登記は密接な関係にあります。
そして,会社が登記しなればならない事項は多くあります(会社法911条3項)。これらについて変更があるときは,二週間以内に「変更の登記」をする必要があります(会社法915条1項)。
このような登記事項として,たとえば,取締役の氏名(会社法911条3項13号)などが挙げられます。
それでは,会社がこのような登記をすることの意味はどのようなものなのでしょうか。
これについて規定するのが,会社法908条です。
まず,第1項の方から見ていきましょう。
①消極的公示力
まず、1項の前段の効力を、消極的公示力と呼びます。
消極的公示力とは、実体法上、登記事項である事実の発生、変更及び消滅があった場合であっても、登記がなされていない場合は、これを善意の第三者に主張することができないという効力をいいます(注3)。
たとえば、実際には退任しているにもかかわらず、変更登記がなされていない前代表取締役が、会社を代表して取引を行った場合の会社への効果が帰属するかどうかが問題となる場面です(注4)。
善意とは登記事項の存在を知らなかったことを言い、過失(重過失)があっても第三者は保護されます(注)。
また、第三者は、登記を実際に確認し、それを信頼して取引をした事まではは要求されません(注6)。
②積極的公示力
次に、1項の後段の効力を、積極的公示力と呼びます。
積極的公示力とは、登記事項である事実・法律関係を登記した後は、その事項を知らない第三者に対いてもそれを主張することができるという効力です(注7)。
例えば、代表取締役が解任された場合で、そのことが登記された場合、会社は、登記後に(前)代表取締役と取引した第三者に対し、解任を対抗することができます。
もっとも、「正当の事由」がある場合は、対抗はできません。
この「正当の事由」とは、交通杜絶、登記簿の滅失汚損等の、登記の閲覧を妨げる客観的事由に限られるとされます(注8)。
そのため、例えば第三者が病気になっていたなどの主観的事由は、「正当の事由」に当たりません。
次に、2項です。
③不実登記の効力
1項の効力は,登記が正当になされたことを前提とします。
それでは,会社が誤った内容の登記,すなわち不実登記をした場合は,どのような効果が生じるのでしょうか。
これは,2項の問題となります。
⑴まず,「故意又は過失によって不実の事項を登記した者」が要件となります。
故意・過失の対象は,登記が不実であることです。
ここで,「登記した者」,つまり,登記が不実であることを対抗できない人とは,いったい誰でしょうか。
まず,これには登記申請者、つまり「会社」が含まれることに異論はありません。
次に,自己に関する登記をなすことに承諾を与えて,不実登記に加功した者についても,会社法908条2項が類推適用されます。
さらに,自己によらない不実登記が存在する場合に,これを放置した場合にも,同項の適用があります。
なお,これと似たややこしい問題として,登記事項に変更が生じた場合にこれを放置した場合は,「不実登記」には当たりません(注9)。
⑵次に,「善意の第三者」も要件となります。
善意については、登記を見てそれを真実であると積極的に信頼したことは必要ではないと解されています。
もっとも、登記の基礎となっている事実に対する信頼が必要であると解されています(注10)。
例えば、第三者が、登記上は代表取締役(A)とされている者と取引する場合を想定すると、第三者は、実際にAと記載された登記を閲覧する必要はありませんが、Aが代表取締役であることについての信頼は必要である、という帰結になります。
4.表見法理と商業登記の関係
さて、2では表見法理について、3では商業登記についてみてきました。
この2つは、どちらも真実でない外観に対する第三者の信頼を保護する規定です。
それでは、この2つがオーバーラップする場合はどのようになるでしょうか。
例えば、会社が、取締役Aに対して「社長代表取締役」という肩書を与えた一方、登記簿には、本物の代表取締役であるBが登記されていた場合はどうなるでしょうか。
少し考えてみると、会社が平取締役に社長の肩書を与えると表見代表取締役(会社法354条)となるように思えます。
一方、商業登記の積極的公示力からすると、「正当な理由」がない限りは、会社は、「代表取締役はBである」という真実の登記を対抗できることにもなりそうですね。
通説によると、このような場合は、表見代表取締役等の規定を「特別規定」とみなし、会社法354条の方が優先的に適用されます(注11)。
理由は、代表取締役らしい名称を信じた第三者になお登記の確認を要求することは無理がある一方、会社による不当な責任逃れを序要することを防止する必要があることです(注12)。
5.補講:代表権の濫用と利益相反
表面上は会社の代表者としての権限に属する法律行為ではあるが、当人の意図としては自己又は第三者の利益を図るような場合を、代表権の濫用といいます(注13)。
たとえば、代表取締役が、会社を代表してその財産を売却したものの、その代金を着服する意図を有していた場合などです。
従来から、第三者が代表取締役の意図について悪意・有過失である場合は、取引は無効であると解されてきました。
現行の民法の下では、代表権の濫用は、民法107条の類推適用により処理されます(注14)。
これによると、相手方が代表取締役の濫用的な目的を知り、又はすることができた場合は、無権代理として処理されます。
なお、これを「無効」ということがありますが、正確にいうと、「会社には法律行為の効果が帰属しないこと」を「無効」と言っています。
6.まとめ
以上、今回は、表見法理と登記の問題についてみてきました。
これらは、会社が虚偽、ないし実態と異なる外観を作出した場合に、それを信頼した第三者がどのように保護されるのかという問題です。
このような規定があってこそ、会社が実態と異なる外観を作出するインセンティブが減殺されます。
そして、それにより、取引の安全が図られ、株式会社が一つの経済主体として市場に参加することが正当化されます。
次回のテーマはまた考えておきます。
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