第9回 取締役の報酬(会社法の基礎)

第9回 取締役の報酬(会社法の基礎)

伊井野ミコの研究室

さて,ここまでは取締役の責任や事前規制という重苦しい話ばかりでしたが,当然,そのような厳重な責任ばかり課されていれば,誰も取締役になんてなりません。

取締役になる一番の要因の一つは,お金です(注1)。

つまり,取締役には適切な報酬を与えなければなりません。もっとも,どんな額でも報酬を与えればいいというのではなく,ここでも「株主利益最大化」のために一定の規律が及ぶこととなります。

以下では,会社法の経営者の報酬規律を見ていきましょう。

1.報酬の2つの視点

取締役の報酬規制には、⑴お手盛りの防止と⑵適切なインセンティブの付与という2つの側面があります。

⑴お手盛り防止

「お手盛り」という言葉はいくらかマジックワードと化していますが、これは以下のような内容を指します。

つまり、取締役の職務執行に対する報酬を、それを受け取る取締役自身が決めるとなれば、不当に高額の報酬を設定する類型的な危険性があるところ、この弊害から会社財産を保護するというものです(注2)。

つまり、ここでも一種の利益相反性があると理解されているのです。

⑵適切なインセンティブの付与

もっとも、報酬を「お手盛り」の観点からのみ規律することは不十分です。つまり、取締役と会社・株主との間にはエージェンシー問題が生じるところ、報酬はエージェンシー問題を緩和するための重要な手段でもあります

つまり、エージェンシー問題の解決策の一つは、「監視」のシステムですが、監視コストも考慮すると、これのみでは自ずから限界があります。

そこで、「株主価値を増加させるインセンティブを与えるような報酬契約」を設計することによって、取締役(エージェント)の行動を規律することが可能となります(注3)。この例としては、報酬額が株価に連動するようなストックオプションなどが考えられます。

以下では、主に⑴お手盛り防止の観点から、報酬の規律を見ていきます(⑵の観点からの議論は、まだ発展途上です)。

2.報酬規律の基本形

お手盛り防止というのは,言い換えれば不当に高額な報酬が定められることを防止することを言います。以下では,ストック・オプション等は5に譲るとして,金銭報酬を念頭に置きます。

①総論

会社法の条文は以下のように定めています。

第361条 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める
一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、の具体的な算定方法
三~六 (略)

報酬に関する事項は,株主総会決議により定めることとされます。取締役が自分自身で決定するとお手盛りの危険があるからです。また,これは利益相反への対処の位置方法であるともいえます。

まず、1号の「確定」しているものとは、例えば月額○○円といった感じで、固定的な金額を定める場合をいいます。

2号は、報酬の金額が、あらかじめ決まっていないが、事後的に決まるようなものを指します。たとえば、報酬額が、会社の業績等を示す指標等(たとえば、営業利益など)に連動する場合を指します(注4)。

1号については確定額を、2号については算定方法を決議することとなります。

②株主総会決議の方法等

それでは、取締役の報酬を決定する株主総会決議はどのように行われることになるのでしょうか。

まず、決議の手続で特徴的な点は、議案を提出した取締役については、その額や算定方法を「相当とする理由」を説明しなければならないとされたことです(会社法361条4項)(注5)。

そして、問題となるのは決議の内容です。まず、株主総会が個人別の報酬額を具体的に定めることは可能であることに問題はありません。

それでは、取締役全員の報酬額の上限額のみを定めるという決議についてはどうでしょうか。

これについては、この規定の趣旨は、お手盛り防止、つまり、高額の報酬が株主の利益を害する危険を排除することにあることから、取締役全員に支給する総額のみを定め、各取締役に対する具体的配分は取締役会に委ねることも許容されるとされます(注6)。

また、この「総額等」つまり上限を定める株主総会決議は、毎年行う必要はありません。つまり、1度、上限額を定めれば、それを変更しない限りは、次年度以降の株主総会決議は必要ありません。たとえば、××1年度に上限を1億円と定めれば、××2年度も、新たな決議を経ることなく、1億円の範囲内で報酬を決定することができます。

なお、使用人兼取締役については、注7)を参照。

このように、お手盛り防止の観点からは非常に緩やかな規整となっています。もっとも、適切なインセンティブの付与の観点からこれのみでは不十分ではないか、という視点が重要です。この視点が、近年の改正にも大きくかかわっています。2つの視点を理解して報酬規制の全体像が把握できるようになります。

③個々の取締役の報酬の決定プロセス

それでは、株主総会決議による取締役会への一任が認められるとして、そののちはどのように具体的報酬額が決定されるのでしょうか。

取締役会決議で決定を行うのであれば問題は生じませんが、従来、代表取締役への再度の委任を行う場合が問題となります。

これは、お手盛り防止とは別の観点からは問題がないことから、とくに問題なしとする見解が多いとされます。なお、お手盛り防止の観点からも、取締役の員数が変化するなどして個人別の報酬を過大に設定した場合は、「報酬額の相当性」が善管注意義務違反の任務懈怠として審査されるとする見解が有力です(注8)。

もっとも、自らの報酬の決定を代表取締役に委ねた取締役に、代表取締役の効果的な監督(会社法362条2項2号)を期待できないこと、また、適切なインセンティブという観点からも問題があることを理由に、再一任に否定的な見解もあったところです(注9)。

このような「適切なインセンティブの付与の観点」から令和元年会社法改正が行われました。すなわち、取締役の報酬等の決定手続に関する透明性の向上の観点から、上場会社等の取締役会は、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針(報酬等の決定方針)を決定しなければなりません(会社法361条7項)(注10)。

また、報酬等の決定方針を決定せず個人別の報酬を決定した場合、代表取締役が報酬決定方針に反して個人別報酬を決定した場合、報酬支給は無効となります(注11)。

このように、あくまでも上場会社等に限ってのことですが、インセンティブの付与の観点から一定の手続が定められることとなりました。

3.退職時のトラブルと報酬規制

取締役と会社との間における、報酬を巡るトラブルが顕在化するのは、多くの場合、取締役が退任した場合です。この時、退職報酬金を支払うための手続や、報酬の出し渋り、又は返還請求など、多くの問題が生じます。

①一任決議を巡る問題

2.で検討した在任中の報酬に対し、退職慰労金については独自の問題があります。

まず、退職慰労金についても、在職中の職務執行の対価としての性質を有する限りは、「報酬等」に含まれます(注12)。

しかし、実務上、退職慰労金は、株主総会決議に際し、総額を明示せず、具体的な金額等を、取締役会に一任する決議がなされるのが通例です。これは、「個人別の金額を明示したくない」という強い抵抗感の表れであるとされます。

このようなことが可能なのかについては、判例(最判昭和39年12月11日【百選59事件】)は以下のように判示しました(注13)。

①慣行および内規によって一定の支給基準が確立されており、②その支給基準は株主にも推知できるもので、③決議が黙示的にその支給基準によって決まる額をもって限度とする範囲内において相当な金額を支給すべきものとする趣旨である場合は、決議は無効とは言えない。

このように、判例は比較的緩やかに一任決議を認めています。反対説も多いのですが、退職取締役は支給決定に参加しないので通常の報酬よりも規制を緩和することに合理性がないとは言えない等の理由で、判例を支持するものが多数説です(注14)。

なお、支給基準は、株主総会参考書類や、本店における備置などの適切な措置により周知性の基準(②)を満たすことができると考えられています(会社法施行規則82条2項)。なお、この場合であっても、株主保護の観点から、内規の内容は、株主総会における説明義務(会社法314条)の対象となると解するべきでしょう(東京地判昭和63年1月28日判時1263号3頁参照)(注15)。

なお、この「支給基準」と報酬等の決定方針(会社法361条7項)の関係については、不明な点も多いです。今後の議論を注視しましょう(注16)。

②不支給を巡る問題

もう一つ、よく閉鎖会社で問題となるのは、約束していなかった報酬が支払われなった場合です。特に、株主総会決議がなかった場合に、退任した取締役が退職慰労金の支払を会社に対し請求することができるのかが問題となります。

まず、株主総会決議を欠く場合の報酬について、仮に報酬支払の約束があったとしても、取締役は会社に対する報酬請求権を有しないことが原則です(最判昭和56年5月11日判時1009号124頁)。

それでは、取締役は会社に対し、提供した役務に係る不当利得返還請求を行うことができるでしょうか?
これについても、裁判所が取締役のパフォーマンスを評価し報酬額を算定することは会社法の予定しないところであるとして、否定的な見解が有力です(注17)。このほか、不法行為や債務不履行というを認める見解もありますが、どれも決め手に欠けます。

こういったときに、報酬請求権を認めるための強力なツールが、「全株主の同意」です。判例も、「株主総会の決議に代わる全株主の同意」がある場合は、報酬請求権が成立することを示唆しています(最判平成15年2月21日金判1180号29頁)。

それでは、いかなる場合に「全株主の同意」が認められるのでしょうか。

第1に、全株主が明示的に合意している場合は問題ないでしょう。例えば、オーナー経営者(100%株主)が、報酬や退職慰労金の支払に同意していた場合です。株主全員が取締役であり、全員で協議して報酬額を決めていた場合もこれに当たるでしょう。

第2に、大多数(たとえば96%)の株主の同意が認められるが、少数株主は特に何もしていなかった場合は「全株主の同意」があったといえるでしょうか?この場合、少数株主の同意をどのように構成するのかが問題となります。

この場合、①少数株主が異議を述べていなかったことから、黙示の同意があったとする構成や、②報酬の同意を多数株主に委ねていたという構成が考えられます

③報酬の返還請求

また、閉鎖会社でよくある内紛としては、株主総会決議を欠くことを理由に、事後的に、報酬の返還を求めることがあります。

この場合も、上述の全株主の同意が認められるのであれば、一度発生した報酬請求権を事後的に奪うことは許されないのであるから、このような返還請求権は認められません

それでは、必ずしも全株主の同意があったとまでは言えない場合はどうでしょうか。

この場合には、信義則に基づき返還請求を遮断する判例があります(最判平成21年12月18日判時2068号151頁)。

同判決は、支給から1年以上が経過していたことから、代表者の決裁を経たものと信じたとしても無理からぬこと、約99%の株式を保有する代表者Xの事実上の黙認があったこと等を理由に、「金員の返還を請求することは、信義則に反し、権利の濫用として許されない」と判示しました。

信義則を持ち出すためには、従来からの報酬支払の慣行(従来は大株主が決裁してきたこと)や、大株主の決裁を経たことを信じたことが合理的といえる事情を以下に認定することができるのかがポイントとなるでしょう。

たとえば、従来は大株主の決裁で問題なく支払われて来たのに、特定の取締役に対してだけは返還請求をするといった場合は、信義則違反の疑いが強くなるでしょう。

4.報酬の変更

それでは、株主総会決議を経て適法に確定した報酬額を、事後的に変更することは可能なのでしょうか。例えば、取締役が思ったようなパフォーマンスをしないため、事後的に報酬を減額したりできるのでしょうか。

これについて、判例(最判平成4年12月18日民集46巻9号3006頁)は、事後的な株主総会決議による報酬減額の可否について、以下のように判示しました。

「定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である」

判例のポイントは、具体的に定められた報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束すること、よって、取締役が同意しない限り減額はできないことです。

ここで、問題となるのは、「いかなる場合に同意があったといえるか」です。

まず、取締役の明示的同意があった場合は問題ありません。問題となるのは黙示的同意の有無です

これについて、各取締役の報酬が役職ごとに定められており、任期中に役職が変動した場合はそれに応じた報酬が支払われることとなっている場合は、この慣行を了知したうえで取締役に就任した者は、減額について「黙示の同意」をしたとされます(東京地判平成2年4月20日判時1350号138頁)。

つまり、常務は100万円、専務は200万円、非常勤は50万円などといった感じで決まっていた場合、このことを了知した上で取締役になった場合は、黙示の同意があったとすることが考えられます。

それでは、取締役の役職さえ変更すれば、自由に減額できるのでしょうか。

これについては、仮に「慣行」に関する明示・黙示の同意があった場合であっても、「職務内容の変更」について取締役の同意又は「正当な理由」(会社法339条2項類推)がなければならないとする見解が有力です(注18)。

会社法339条2項は(後の回に見ますが)、取締役の解任について「正当な理由」がない場合は、残りの任期の報酬相当額の損害賠償請求を認める規定です。339条2項の趣旨は、任期満了まで報酬を受けうるという取締役の期待を保護することにあることから、解任でなく減額についても類推すべきだということが根拠です(注19)。平たく言うと、正当な理由がない場合は、解任でさえ報酬が保証されるのだから、減額の場合はなおさらだ、ということです。

5.インセンティブの付与に係る規律の概観

最後に、「適切なインセンティブの付与」の観点からの規律を簡単に見ておきます。

インセンティブの付与という観点からは、新株予約権を用いたストックオプション等を用いることがあります。この場合、株主総会決議によって、会社法361条1項3号・4号に基づき、その数及び上限等を定めることになります(会社法施行規則98条の2~3も参照)。

また、これらのストックオプション等を取得するための金銭を報酬として付与する場合も、基本的に同様の規律が及ぶものとされています(会社法361条5号、施行規則98条の4)。

その他にも、事業報告における報酬に関する開示の規定も定められています(会社法施行規則121条5号の2等参照)。

このように、前述の相当の理由の説明(会社法361条4項)や報酬等の決定方針(同7項)等とも合わせて、インセンティブの付与についても、一定程度の配慮がなされています。この点は、今後の展開も注目されるところです。

6.まとめ

今回は報酬に関する規律全般を見てみました。

基本的に、閉鎖会社だと報酬の支払いを巡るトラブルが、公開会社や上場会社だとインセンティブの付与を巡る問題が出てくることが多くなります。

報酬は実務の慣行によるところも多いため、コーポレートガバナンス上の問題とも絡み、実務の動向からも目が離せないところです。

注1)もっとも,名誉や評判といった動機もあるのが現実世界です。このことから,取締役をはじめとする経営者に対しては,「レピュテーションによる規律」が及ぶといわれることもあります。
注2)高橋美加ほか『会社法〔第3版〕』212頁〔高橋〕参照。
注3)伊藤靖史『経営者の報酬の法的規律』17-18頁。
注4)江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』467頁。
注5)これは、令和元年改正で確定額も説明義務に含まれるとしたものです。「相当とする理由」の説明としては、そのような報酬等を定めることが必要かつ合理的であることについて、株主が理解することができる説明が求められます(竹林俊憲『一問一答令和元年会社法改正』87頁。
注6)江頭・前掲注4)466頁。
注7)使用人兼取締役の報酬については、「使用人として受ける給与等の体系が明確に確立されている場合」は、取締役報酬についてのみ決議を行っても適法であるとされます。ただし、決議の際、決議額は使用人としての職務執行の対価を含まない額であることを明らかにする必要があると解されます(江頭・前掲注4)470頁注5参照)。
注8)伊藤・前掲注3)40-41頁。
注9)伊藤・前掲注3)268-69頁。
注10)竹林・前掲注5)100頁。
注11)田中亘ほか編著『Before/After会社法改正』51頁〔津野田一馬〕参照。
注12)江頭・前掲注4)481頁。
注13)弥永真生『リーガルマインド会社法〔第15版〕』175頁の整理に従います。
注14)田中亘『会社法〔第3版〕』266頁。
注15)弥永・前掲注13)175頁注86。
注16)田中ほか編著・前掲注11)62-63頁〔齊藤真紀〕参照。
注17)北村雅史「定款または株主総会の決議により報酬の額が定められていない場合の取締役の報酬請求権」法教380号123頁。
注18)弥永・前掲注13)171頁注80。細かく言えば、①339条2項の類推適用により報酬請求権が残存する、②339条2項類推適用に基づく損害賠償請求が可能となる、という2つの構成が考えられます。
注19)弥永・前掲注13)171頁注80。
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