第6回 経営判断原則(会社法の基礎)

1.経営判断原則とは何か?

今回は、経営判断原則を取り扱います。

経営判断原則とは、会社経営者の経営上の判断について、その裁量を広く認め、裁判所が後知恵的に判断の当否を判断することにより善管注意義務を肯定することに対し歯止めをかける法理をいいます。

とはいうものの、実のところ、経営判断原則の中身は、論者によって区々であるのが現状です。ここでは、一般的な見解と判断したものを紹介しますが、この点については文献を読む際に注意が必要です。

2.経営判断原則の根拠

経営判断原則が適用されれば、取締役は高い確率で責任を免れることになります。それでは、なぜ、そのような特権的な地位が認められることになっているのでしょうか。

それについては、以下のような複数の根拠があるのです。

① 経営上のリスクテイクの促進

事業経営には不可避的にリスクが伴うものであるから,経営判断の結果として会社に損害が生じたからといって,取締役の義務違反が容易に認められてしまうとすれば,経営が委縮し,また取締役のなり手もいなくなり,結果として株主の利益にならないといわれます(注1)。

このように,経営への萎縮的効果を排除し,株主の利益を実現するために,望ましい水準のリスクテイクを促進することが,経営判断原則の代表的な根拠とされます。

② 裁判所の判断能力の限界

これに加えて,裁判所の判断能力の面から経営判断原則を基礎づけることもできます。

前提として、裁判官は経営者ではなく、会社経営に必要な知識を持っているとは限りません(注2)。そうすると、そのような経営の知識の乏しい裁判官が、取締役の行った経営の是非を事後的に判断することが望ましいのか、という問題が生じます。

また、経営の結果が良くなかった場合に、その結果を知ってから当時の経営判断を評価すると、行為当時においてその結果を容易に予想しえた、と評価される傾向にあり、これを後知恵バイアスといいます(注3)。

このように、裁判所には、①経営の知識の欠如、②後知恵バイアスのおそれ、といった判断能力の限界があり、誤審のおそれがあることも経営判断原則の根拠とされます

また、誤審のおそれがあれば、①の経営への萎縮的効果も強まるという関係にあります。

③ その他の根拠

また、上記の二つほど重要ではないものの、他にも根拠があります。

たとえば、株主利益最大化原則の裏返しとして、経営上のリスクが実現した場合は、経営上の利益を享受する立場にある株主がそのリスクを甘受すべきであり、取締役に全リスクを負わせるべきではない、というリスク配分の議論があります(注4)。

このように、株主と取締役のどちらがリスクを負担すべきか、という発想は、損害賠償の場面では常に問題となり得ます。

④ まとめ

以上のように、経営判断原則の根拠は、一枚岩ではなく多元的なものです。これは、単なる論証パターンの貼り付けでは対応できない可能性を示唆します。

つまり、経営判断原則の適用が問題となり得る場面において、どの根拠が一番説得的かを考える必要があるのです。

例えば、コンプライアンス(内部統制システム構築など)が問題となる場合に、①のリスクテイクの促進という根拠を持ち出せば、法令違反のリスクテイクを促進することとなり、説得性が失われます。むしろ、②の論拠を持ち出し、経営者の方がコンプライアンスの仕組みについて知識がある、結果としてうまくいかなかった場合の後知恵バイアスのおそれもある、といった方が説得的です。

この点は、次に論じる裁量論にも関係します。つまり、善管注意義務は手段債務であり、特に経営には多数の選択肢が考えられることから、訴訟上、そのうちどれを選ぶのかについては取締役の裁量を認めざるを得ない、という考え方が経営判断原則の背後にあるのです(注5)。この裁量論的な発想は、経営判断原則の直接の根拠として明示されることは稀ですが、②の根拠と結びつく側面があります。つまり、選択肢や考慮要素が多いほど、どれを選ぶのかについての能力は裁判所よりも経営者にあり、後で「これを選べばよかった」と判断される後知恵バイアスのおそれも大きくなります。

取締役の裁量論と経営判断原則の関係は、実に複雑です。受験生としては、①の論拠が当てはまるハードコア・経営判断原則と、②の側面のみが当てはまる、準ハードコア・経営判断原則の2つがある、と考えておいた方がよいでしょう(*この用語法は造語なので使用しないこと)。そして、②の場合は、「経営判断」を明示せず、単に「取締役の(広い)裁量が認められる」という規範を立てることが妥当な場面もあります

もっとも、日本では、どちらも裁量論である点に変わりはありません。どちらの方が裁量が広いか、という抽象的な問題は残ります。さしあたり、受験段階では、いわゆる「理由付け」の問題として、この点は、おさえておいてほしいところです。

3.経営判断原則の効果

経営判断原則の効果は、取締役に広い裁量を認めることといわれます

従来、学説では、以下のように定式化されていました(注6)。

①判断過程については、合理的な程度に情報収集・調査を行っていたか。
②内容については、通常の能力を有する取締役の立場から見て、著しく不合理ではなかったか。

このように、従来は①判断過程と②判断内容を分けて、①については合理的であること、②については、著しく不合理ではないこと、という2つの要件をみたす場合は、免責されるとされていました。

しかし、これに一石を投じる判例が現れます。それが、アパマンショップ事件(最判平成22年7月15日判時2091号90頁【百選50事件】)です。

「本件取引は,AをBに合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという参加人のグループの事業再編計画の一環として,Aを参加人の完全子会社とする目的で行われたものであるところ,このような事業再編計画の策定は,完全子会社とすることのメリットの評価を含め,将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして,この場合における株式取得の方法や価格についても,取締役において,株式の評価額のほか,取得の必要性,参加人の財務上の負担,株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ,その決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り,取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである」〔下線部・太字筆者〕

アパマンショップ事件は,①判断過程と②判断内容とを区別せず,いずれについても,「著しく不合理」であるか否かを判断基準としています

これは、従来の定式とは異なるものでした。しかし、情報の収集・検討も経営判断であること、情報収集に時間をかけすぎ、過剰に保守的な警衛に結びつく可能性が大きいことから、②判断内容のみならず、①判断過程についても「著しく不合理」か否かで判断することが妥当とされます(注7)。

事例に接し、実際に判断を行う場合、①判断過程と②判断内容とを区別することは困難な場合があります(注8)。したがって、さしあたり、アパマンショップ事件の定式を採ることが、答案作成の効率面からは良いのではないでしょうか(注9)。

4.経営判断原則の限界

さて、経営判断原則の適用がなされる「経営判断」の場面は、実はそれほど明確ではありません。そこで、ここでは、経営判断原則の適用が問題となり得る場面を列挙して、その限界を見ていきたいと思います。

①法令遵守義務の場面

一般的に、法令違反の場面においては、経営判断原則の適用はないと考えられています(注10)。

まず、これについては、法令違反のリスクテイクを促進することは妥当ではありません。法令遵守義務が、株主利益最大化原則の例外である点は、前回確認しました。

もっとも、法令遵守義務は無過失責任を課すものではなく、過失責任とされています。

例えば、法令違反か否かが明確ではない場面は、過失の有無について経営判断原則の適用があり、取締役の裁量が認められるとの見解があります(注11)。

ハードコア・経営判断原則が適用されるべき場面でないことについては争いはないでしょう。争いがあるのは、準ハードコア・経営判断原則を適用し、取締役の裁量が認められるかどうかなのです。

もっとも、法令違反の場合に経営判断原則を適用すると明示する説は少数にとどまることから、あくまでも、裁量論の話として論じ、かつ、広い裁量は認められないとするべきです

②利益相反の場面

一般的に、会社と取締役の利害が対立する場合、取締役が会社に不利益な判断を行う危険が大きいことから、経営判断原則は適用されません(注12)。

もっとも、ここでの「利益相反」とは、会社法356条1項2号・3号の「利益相反」に限られません。ここでは、直接的な資産収奪の場面や、MBOと支配権争奪の場面など、広く、会社と取締役の利害が対立し得る場面が想定されるべきです(注13)。

③内部統制システム構築の場面

事業の適法性等を確保するための内部統制システム構築の場面についても、経営判断原則の適用に議論があります。

これについては、適用を肯定する見解もあります(注14)。

しかし、冒険的な「内部統制システム」を推奨するべきではないとして、これに否定的な見解も有力です(注15)。

判例を見ると、内部統制システムの構築については、取締役の広い裁量を認める傾向があります(注16)。

ここでも、やはり、準ハードコア・経営判断の適用が問題となると整理すべきでしょう。つまり、内部統制システムの構築には経営上の専門的判断が不可欠であることから、裁判所の判断能力の限界や後知恵バイアスの問題が生じるため、「取締役の裁量」が認められると論じるのです。

5.まとめ

ここでは、まとめとして、経営判断原則の処理手順を提案します。

①まず、法令違反・利益相反等の、経営判断原則固有の限界に当たらないかを検討する。

②次に、経営のリスクテイクの促進という根拠が妥当するか否かを検討し、するのであれば、ハードコア・経営判断として処理する。

③最後に、ハードコア・経営判断に当たらない場合であっても、準ハードコア・経営判断に当たるか否かを検討し、取締役の裁量の有無を検討する。

次回からは、取締役と会社の利益相反の場面を取り扱います。

注1)田中亘『会社法〔第3版〕』275頁。江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』493頁注3も参照。
注2)近藤光男『経営判断と取締役の責任』94頁
注3)田中亘ほか編『論究会社法』94頁〔松尾健一〕。
注4)近藤・前掲注2)95頁。
注5)森田果「わが国に経営判断原則は存在していたのか」商事1858号6-8頁参照。
注6)吉原和志「取締役の経営判断と株主代表訴訟」小林秀之=近藤光男編『株主代表訴訟大系』69頁。
注7)田中・前掲注1)277頁。
注8)黒沼悦郎編著『Law Practice 商法〔第3版〕』221頁〔黒沼〕。
注9)しかしながら、アパマンショップ事件は、事例判断であったとの見解が元最高裁判事により示されている(江頭憲治郎=森本滋編『拾遺会社法』109頁〔金築誠志〕)。この点から、経営判断原則の一般論を導出することの妥当性については、今後の議論を注視していく必要があり、この点留意が必要である。
注10)大杉謙一「役員の責任」江頭憲治郎編『株式会社法大系』316頁参照。
注11)大杉・前掲注10)318頁。
注12)田中・前掲注1)277-78頁。
注13)松中学「取締役の任務懈怠と利益相反」四先生還暦記念『企業と法をめぐる現代的課題』324頁参照。
注14)高橋美加ほか『会社法〔第3版〕』197頁など。
注15)野村修也「判批」神作裕之ほか編『会社法判例百選〔第4版〕』105頁など。
注16)Nシステム技術事件(最判平成21年7月9日判時2055号147頁【百選50事件】)、リソー教育事件(東京地判平成30年3月29日判時2426号66頁)など。




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