見出し画像

明日の自分に「引き継ぎ」をする

思ってた以上に寒かった今日。しかも、雨。

つい先日、マイナンバーカードが用意できましたよ〜って通知が届いてたので、元々今日は取りにいくつもりでした。

しかし、この寒さと雨です。玄関をあけて外を見て、わざわざ今日行かなくてもいいんじゃないか?急ぎじゃないし、晴れててあったかい日に行こうかな・・・なんて家の中を行ったり来たり。

迷いましたが、結局土砂降りの中、マイナンバーカードを受け取りに行ってきました。(えらい!)ああ〜寒かった。びしょ濡れだし。

帰り道に思いました。
わざわざこんなに寒い日に、めんどくさい用事を済ませてえらいよ自分、って。
なんか、「未来の自分の仕事を代わりにやってあげた」みたいな気持ちになりました。

・・・

ここからは、帰り道にした妄想の話です。

もしも、記憶が1日しかもたなかったらどうなるんだろう。そういう映画ありますよね。今の自分にとっては、今日の24時間だけが人生だとしたら。

うーん、それだと、好きなことだけしよう!ってなっちゃうだろうなぁ。だから、マイナンバーカードを受け取りに行くなんて絶対しない。

じゃあ、「記憶は引き継がれていくけど当事者意識があるのは1日だけ」っていうのはどうだろう。

朝起きると、昨日の担当者(自分)からの「引き継ぎ」が頭に浮かぶんです。今日は何月何日で、わたしは◯歳。今日やること、昨日までにやったことはこんなことです、って。

「わたし」の意識があるのは今日だけ。だけど、昨日も、明日も、同じ身体に入った別の意識が交代で「わたし」として生きていく。そしてそのことを自分は知っている。

だとしたら、今日のわたしは、明日以降のわたしのために頑張ったな。雨の中、役所まで行ったし、向こう数日分の食材もスーパーでちゃんと買ってきた。

明日以降のわたしへ。
今日は寒くて土砂降りだったけど、あなたがめんどくさがるであろう用事を、2件済ませておきました。役所へ行くことと、買い物です。
きっと、今日のわたしに感謝するでしょう。わたしがつくった「時間」を、ぜひ有意義に、楽しいことに使ってください。

・・・そんなふうに、引き継ぎのメッセージを送るんだろうなぁ。

というか、こうやって毎日「引き継ぎ」をするつもりで生きてみたらどうなるんだろう?

未来のために今を犠牲にする、というのとはちょっと違って、なんだかいい習慣なんじゃないか?と思えてきた。

わたしはながーい人生を生きているんじゃなくて、「今日」だけを生きている。
だけど、今日でおわり!なんじゃなくて、明日やあさってを生きる自分も待っているんだと。

そう考えてみると、未来の自分に聞かせても恥ずかしくない引き継ぎをしたいな、という気持ちになった。

酔い潰れて丸一日寝てました、すいません!なんて日もあるかもしれないけど。

なるべくなら、「あ、あれやっときましたよ」って言いたいなって。


最後まで読んで下さり、ありがとうございます。スキやフォローでとても喜びます!サポートは本を買って、noteを書くために使います📝