Tidesong(グラフィックノベル)

ソフィの家系はドラゴンの血を引き、風と水をあやつることができた。12歳になったソフィは、本格的に修行するため、遠くに暮らしている大叔母のもとへ行く。しかし喜び勇んで家を出たものの、何をやっても失敗ばかり。しかもある日、ドラゴンを人間の姿に変えてしまったが、元に戻すことができず……。不器用ながらも必死に奮闘する魔女の物語。

作・画:Wendy Xu(ウェンディ・シュー)
出版社:Quill Tree Books(ハーパーコリンズのインプリント)
出版年:2021年
ページ数:236ページ


作者について

ブルックリンを拠点とするイラストレーター・漫画家。さまざまなSF・ファンタジー雑誌やサイトに寄稿している。スーザン・ウォーカーとの共作グラフィックノベル『Mooncakes』は、ヒューゴー賞グラフィック・ストーリー部門にノミネートされるなど、高い評価を受けた。ジブリ好きで、ジブリ作品はすべて観ているという。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

  海辺のとある王国では、海にドラゴンが住んでいた。陸にあがるときは、額に2本の枝角が生えた人間の姿になる。あるとき、ドラゴンの女が人間の漁師の男に恋をした。ドラゴンは漁師への贈り物として、風と海をあやつる力を与える。ドラゴンと漁師は結婚し、子どもや孫にも魔法の力は受け継がれていった。ところがドラゴンの一族は激怒し、激しい台風を王国に送りこむ。漁師の家族は力をあわせ、台風を押し返そうとした。勝負は互角で、ドラゴンは漁師の一族の力を認め、敬意を示す。数千年のときが経った今も、魔法の力は受け継がれている。そして一族の者が呼び出せば、海に暮らすドラゴンは必ず応じるのだった。

  一族の末裔ソフィは、母と祖母と3人暮らし。小さな雲を出したり、雨を降らしたりする魔法は使えるが、まだまだ未熟だ。12歳になったソフィは、名門ロイヤル魔法アカデミーのオーディションに向けて、大叔母のもとへ修行にいくことになった。母と祖母の期待を胸に、大叔母をはじめ一族の者が暮らすドラゴン・ベイの島へ行くと、あちこちで魔法を使っている人がいた。
 初めて会った大叔母は外見は祖母にそっくりだったが、性格はきつく、ソフィが何をしても気に入らないようだった。あげくの果てに、ソフィの指導にあたる従姉妹セージに「ソフィは育ちが全然なっていない。引き受けなきゃよかった」と話しているのを聞いてしまい、ソフィはすっかり落ち込む。しかも、なかなか魔法の練習はさせてもらえず、掃き掃除や畑仕事などをやらされてばかりだった。これも大事な修行で、自分を律し、集中力を養うために必要なのだが、ソフィは我慢できず、かんしゃくを起こす。修行の大切さを理解しつつも、大叔母のやり方がきつすぎると感じていたセージは、すこしずつ魔法を教えてくれるようになった。ところが、やっと魔法を使えると喜んだのもつかの間、いままでの魔法の使い方は我流で、基本が全然なっていないという現実にぶつかる。ロイヤル魔法アカデミーを主席で卒業したというセージへの劣等感もつのった。
 その頃、ドラゴン・ベイ周辺の海が荒れていることが問題になっていて、セージが対応にあたっていた。ソフィは派手な魔法が見られるかもしれないと期待して同行するが、セージは海からドラゴンの使者ジェイを呼び出すと、話し合いだけして解散した。海にはたくさんの生き物がいるため、やみくもに魔法を使うことはできず、平和な方法を模索することが一族の責任だったのだ。

  魔法の練習は相変わらずうまくいかず、不満が募るばかりのソフィは、ひとりで嵐をあやつろうと海へ向かった。うまくいけば、大叔母やセージに見直してもらえると思ったのだ。ところが魔法は失敗し、ソフィは海に投げ出され、ドラゴンに助けられる。ソフィは大叔母にこっぴどくしかられた。
 ソフィを助けたドラゴンは、なぜか人間の少年の姿になり、浜にうちあげられた。そしてリルという名前以外は何も覚えていないうえに、ドラゴンの姿に戻れなくなっていた。ソフィはあらためて大叔母に、深刻な事態を引き起こしたことを怒られる。リルの家族が気性の激しいドラゴンだったら、洪水や嵐であっというまに町が潰される可能性もあるのだ。
 リル自身は穏やかな性格で、手伝いもよくして大叔母に気に入られる。ソフィにも優しくしてくれるのだが、ソフィの劣等感はつのる一方だった。ところが一緒に魔法の練習をすると、なぜか波長があい、いままでできなかったこともうまくいった。ソフィは、リルの家族探しを手伝うかわりに、魔法の練習を手伝ってもらうことにした。
 大叔母は魔法に詳しい友人ユージニアにソフィとリルのことを相談するが、ユージニアも見たことのないケースだった。おそらく、ソフィが海に落ちてドラゴン姿のリルに触れたとき、お互いの強い感情が働いて、魔法が絡まったと思われた。ユージニアは捜索の魔法を使って、リルに記憶をたどらせる。リルは父に怒られて家を飛び出したことを思いだした。ソフィが「この魔法はロイヤル魔法アカデミーで学んだんですか」とユージニアに尋ねると、ユージニアはアカデミーにはかよっていないと笑って答えた。地元の学校にも優秀な先生方がいるし、好奇心とオープンな心があればいろんなところから学べるのだ。
 ソフィとリルは書物を調べ、いろんな魔法を試したが、うまくいかなかった。しかも自分のことばかり考えてしまうソフィは、リルを傷つけてしまう。たまらなくなってユージニアに泣きつき、涙ながらに自分の無能さを訴えた。そこへ、ソフィを探しにきた大叔母が来て、「おまえは無能じゃない」と言う。大叔母は自分が子どもの頃の話をした。仲の良い妹がいて、妹のほうが人気者で魔法も上手だったが、一族の後継者として選ばれたのは姉のほうだった。当然自分が選ばれると思っていた妹は激怒して島を飛び出し、今でも謝罪の言葉はない。その妹というのが、ソフィの祖母だった。ソフィがあまりにも妹に似ているため、どうしてもきつく当たってしまっていたのだ。ソフィはソフィ、妹は妹だと言って、大叔母は謝った。

  リルはひとりで海に飛びこみ、ドラゴンに戻れないか試したが、うまくいかなかった。しかし、リルの力は海を伝って、父ドラゴンに届いていた。父ドラゴンは人間に息子を奪われたと怒り狂い、激しい嵐を起こす。リルの父は南の海を支配するドラゴンの王だったのだ。ジェイがリルを迎えにきたが、リルは元の姿にもどれていない。打つ手がなく、途方にくれるばかりだったが、ソフィはリルの手をとり、秘密にしていた心の内を話した。リルを元の姿にもどしてあげたいと思いつつも、リルのおかげで自分の魔法がうまくいくのが嬉しくて、本心ではリルに人間のままでいてほしかったのだ。ソフィが心を開くと、リルの記憶も徐々に蘇っていった。魔法を失敗して父王に恥をかかせ、宮殿を飛び出したこと。そして自分もひとつぐらい人の役に立ちたいと思ってソフィを救ったこと。ふたりの感情が吐き出されると、絡まっていた魔法もほどけていった。そして嵐が晴れ、ドラゴンの王があらわれた。ソフィは思いきって、「リルに謝るべきだ」と王に言う。「リルの気持ちに目を向け、優しくすべきだ」と言うと、王はかつて「自分の父のようにはならない」と決めていたのに、いつしか同じ道を歩んでいたことに気づく。父はリルに謝り、ふたりはドラゴンの姿になって海底の宮殿へと帰っていった。
 やがて、ソフィはロイヤル魔法アカデミーに行くのではなく、家族に代々伝わる魔法についてもっと学びたいと思うようになった。しかしそのことを母と祖母に手紙で伝えると、祖母は激怒する。魔法の鏡を通じて話し合うと祖母は怒りをぶちまけるが、ソフィは自分の気持ちを話し、最後は大叔母が祖母を説得した。ソフィはユージニアを師匠として、島でのびのびと魔法を学ぶのだった。

 ドラゴンの魔法の力を受けつぐ少女が、修行しながら成長する物語だ。ソフィは意気揚々と家を出るものの、思ったように魔法の練習はさせてもらえず、なにをやってもダメな自分に直面するばかり。悔しくて泣いてばかりの主人公だが、はがゆさに共感する読者も多いだろう。

 ジブリ作品はすべて見ているという作者らしい、『魔女の宅急便』への愛を感じる作品だ。セージの雰囲気もどことなくオソノさんに似ている。そこに作者のルーツである中国のドラゴン(龍)や、かわいらしいフォルムの異世界動物、アジア人の特徴とされる生真面目さや責任感が加わって、作者オリジナルの世界が築きあげられている。日本ルーツの着物やカッパも登場し、アジア人読者としては作中に描かれていない背景や雰囲気も想像できて、親近感がわく。なお、高い評価を受けているグラフィックノベル『Mooncakes』(スーザン・ウォーカーとの共作)はLGBTQ要素を含むファンタジーだが、本作にはLGBTQの要素はない。クラシカルな世界のなかで、いつの時代も変わらない、自分の力を信じ、もがきながら成長していく主人公が描かれている。

 設定もストーリーもわかりやすく、イラストだけのページもあり、文字が詰まっていないため読みやすいが、もう一歩深みがあるといいと思った。やや物足りなさも感じるのだが、まだまだ日本では認知度の低いミドルグレードのグラフィックノベル作品を知ってほしく、こちらにて紹介した。

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