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札幌から全国に広がる灯油配送DXサービス「GoNOW」 過酷な冬の配達、IoTで負担減 開発支える「ニトリのDNA」 

この記事は、2022年10月25日に北海道のIT情報発見!発掘!マガジンのmikketa!!に掲載されたものです。

北海道の冬の暮らしを支える灯油配送業。氷点下の寒さと大雪に耐えながらの配送作業は過酷さを極め、労働環境の改善と人手不足が長年問題となってきました。こうした北国ならではの地域課題の解決に挑むサービスが、札幌から全国に広がっています。2020年に誕生した「GoNOW」です。

 灯油タンクの残量を遠隔管理することに加えて、過去の使用量から最適な配送網を構築するシステムも備えており、配送員の負担軽減に繋がっています。サービス開始から2年で、全国33都道府県に約3万台が導入されました。創業者の多田満朗さんは、ニトリのグループ企業を辞めて38歳で独立した異色の経歴の持ち主。GoNOWが急成長した背景には、多田さんが培った「ニトリ哲学」が存分に発揮されています。

どこにでもある灯油タンク フタに秘密

 札幌市豊平区の賃貸マンション。裏手に回ると490リットル入りの大型灯油タンクを見つけました。ここに「GoNOW」のセンサーが取り付けられているというのですが…。

 管理するアポロ販売(札幌市東区)の細川昌俊取締役が、タンク上部についたフタを取り外して見せてくれました。「これがセンサーです」。一見なんの変哲もないフタ。ひっくり返して内側を見ると、赤外線センサーの「のぞき窓」がありました。このフタこそが、灯油残量を検知する画期的なアイテムとなっています。

 2020年に生まれた「GoNOW」。灯油残量をセンサーで検知して遠隔管理し、過去の使用量から無駄のない配送スケジュールを組めるというサービスです。誰でも10秒で設置できるという手軽さ、1台当たりの利用料の安さ、配送回数を48%削減するというシステムのインパクト。現在は北海道のみならず、長野県や金沢市など全国の約300社が導入しています。

 開発したのは札幌市中央区のITベンチャー「ゼロスペック」です。創業者の多田満朗さん(45)は札幌市出身。設計事務所を経営する父親の姿を見て育ち、「いつか自分も起業したい」との思いを持ちました。地元の高校を卒業後、米国留学をへて、ニトリ傘下の広告会社「ニトリパブリック」に入社しました。

 人生を変えたのは、ニトリ本体への出向経験でした。消費者が買いやすい価格を実現する商品戦略で、日本の家具業界を変えてきた「成長企業」。会社を大きくしてきた自負や喜び、苦労を語る同僚たちの姿に、いつか自分の会社を持つという夢への刺激を受けたと言います。

「ベンチャーの戦い方わからなかった」

 なかでも最も大きな影響を受けたのは似鳥昭雄会長でした。同席する場で起業への思いを打ち明けたところ「もっと成長してからでも遅くはない。40歳になってからだ」と助言を受けました。激励の言葉を胸に仕事に打ち込んだ多田さん。ただ、時は確実に過ぎていきました。「職場環境にも恵まれ、楽しくて夢中で仕事をしていたけれど、気づけば40歳目前になっていた」。多田さんは独立を決断します。「自分の未来にとって必ずプラスになる」。迷いはなかったと言います。

 2015年12月、多田さんは38歳で「ゼロスペック」を創業します。最初にたどりついたアイデアは、GoNOWとは全く異なる医療健康分野。体に装着するウェアラブルセンサーからバイタルデータを取得し、予防医療に繋げるサービスの立ち上げを目指しました。高齢化時代の健康を守るという課題にフォーカスしましたが、軌道には乗りませんでした。「資金調達といった問題、バイタルデータに対する専門知識の欠如。ベンチャーとしての戦い方自体が分からなかった」。多田さんは振り返ります。

便利さの裏に無駄がある 伝票見てピンと来た

 ファーストアイデアが形にならないまま1年超。ふと多田さんの目にとまったのは、灯油の配送作業でした。大きなつららが下がる冬の軒下で、重いホースを担ぎ給油に向かう作業員。「大変そうだなぁ、と思って色々調べてみたんです」。燃料店関係の知り合いや自宅に灯油タンクがある友人に、配送の仕事を根掘り葉掘り聞きました。ある日、伝票を見ていてある疑問を感じます。「毎回の給油量がなぜこんなにもばらついているのだろう」

 ピンと来たのには理由があります。ニトリ時代の多田さんは、店内の備品や什器の調達コストを効率化する業務に携わっていました。そのなかで、ボールペン1本が足りなくて業者に発注する、という慣習の無駄に気づきました。「1本配達するごとに輸送費がかかっている。こうした便利さに慣れると、人間は無駄なことをやっていることに気づけなくなる。すべての便利さのなかにコストがかかっていることを学びました」

 もし1回当たりの給油量を最大化できれば、配送回数が減り、冬の労働環境が良くなるのではないかー。多田さんが思い出したのは、ゴミ箱にIoTセンサーをつけることで清掃員の回収業務を効率化している海外の取り組みでした。着想を得た多田さんは、灯油タンクに残量センサーを取り付けるサービスの開発に挑みます。ここでも生きたのが、ニトリで学んだ考え方でした。

「ポピュラープライス」から商品開発

 原価の積み上げで売価を設定するのが、スタンダードな商品開発のプロセス。ですが、多田さんはニトリ流の「ポピュラープライス」の考え方に基づき、顧客(燃料店)が何円なら導入できるのか、買い求めやすい価格から商品像を検討しました。また、機器設置のハードルを下げるため、特別な装置ではなく、フタそのものをIoTセンサー化するアイデアに至ります。「安くて手軽であることは、お客さんの喜びを第一に考えるからこそ。経営的にも厳しい中小の灯油業者でも導入できる商品にならなければ課題解決にならないと感じました」。多田さんは振り返ります。

 コストを抑えるため、特注の部品ではなく汎用的な部品でつくることにこだわりました。技術面では、油面までの距離を赤外線で測るシンプルな仕組みを採用。通信方式は低電力で低コストなLPWA(Low Power Wide Area)技術を使い、1日の計測回数を最適化することで電池1個で5年間稼働できるデバイスに仕上げました。

灯油切れの不安から解放 燃料店の厚い支持

 2018年、多田さんが札幌と夕張で実証実験を始めることになり、取り組みが新聞記事で紹介されました。「これは私たちの課題を解決してくれるものになると直感しました」。記事を見たアポロ販売の細川取締役は、すぐに連絡を取ったそうです。

 大雪が降ると街は大渋滞、かつ、一気に灯油の消費量が増えるため、配送業務は混乱を極めます。アポロ販売では、4台のタンクローリーで中央区や東区の約3000軒を配送しており、以前から配送員の負担軽減が問題化していました。細川取締役は、灯油の消費量が多く配送頻度が高い需要家を中心に、GoNOWを300軒に導入。パソコンやスマホから灯油の残量が確認でき、消費ペースがグラフで表示されるため次の給油タイミングが掴みやすくなったと言います。

 「いつになったらお客さんのタンクが灯油切れになるか、冬は心配で仕方がなかった。そうした配送員の不安の解消にも繋がっている」。細川取締役は効果を語ります。センサーを設置できる灯油タンクの種類が増え、測定誤差も近年改善されてきたそうです。「GoNOWで灯油配送の全ての課題が解消されたわけではないのですが、経験や勘に頼ってきた配送業務を補完するツールとして役立っています」と言います。

 GoNOWは2019年、総務省の「ICT 地域活性化大賞2019」で総務大臣賞を受賞。導入台数は19年が5000台、正式ローンチした20年に1万5000台、そして現在では3万台を超えました。また、20年には石油元売り大手ENEOS、通信・電気機器メーカーの三信電気からプレシリーズAで総額約2億3000万円の資金調達を達成しました。

 「配送回数を効率化できたことで、人手不足でも業務を続けることができた」「これからもさらに機能を付加して欲しい」。道内外の利用者からは、GoNOWに対する厚い支持の声が聞こえていると言います。「PMF(プロダクトマーケットフィット=商品が顧客の課題にフィットする状態)は実現できた。シリーズAの資金調達に向けて、これからが本当の勝負」。多田さんは力をこめます。狙うのは、資金拡大でプロダクトを一気に広げるマス化、コモディティ化です。

配送効率化へAI実装も データで未来に新たな価値を

 AIを活用することで、更なるサービス拡張も視野に入っています。北海道大学調和系工学研究室(川村秀憲教授)との共同研究は今年で2年目。設置した約3万台のデータからは、地域ごとの灯油消費量の特性などが見えており、AIに機械学習させることでさらに配送効率を高められる可能性もあるとのこと。年内にはベータ版としての機能実装を予定しています。

 ゼロスペックのビジョンは「データから未来に新たな価値を提供する」。多田さんは「顧客にどのような数字的価値が提供できるか、なぜそのプロダクトやサービスでなければならないのか、徹底して突き詰めて考えていく」と語ります。事業拡大の次のステージへ、決意と覚悟を新たにしています。

<編集後記>

 手稲山に雪が降り、冬の足音が少しずつ少しずつ大きくなっています。冬の暮らしを支える命綱ともいえるサービスは、配送員の高齢化や過酷な業務による人手不足が進み、地方部ではその継続すら危ぶまれています。ペイン(痛み)の深い地域課題に真正面から取り組む多田さん。デジタル全盛時代、北海道の未来を変えてゆくイノベーターなのだと感じました。(文・写真 ヤマモトテツ)

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