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はじめてのカキフライが美味しかった話

大学に入ってすぐ、神保町の居酒屋でアルバイトをしていた。大学は定時制だったので、日中働けるところを、ということでランチタイムにキッチンで働くことにした。

日本中どこにでもあるような、でも大型チェーンではない、和風居酒屋で、お昼どきに、さば味噌定食とか、ミックスフライ定食が出るような店だ。もうその店は存在しないけど、今思い出しても、けっこう美味しいランチを出す店だったと思う。

今となってはなぜその店をバイト先に選んだのか記憶も定かではない。生活費を稼ぐ必要はあった。1年半くらいやったかな。体力的にけっこうハードな職場だったのを覚えている。

簡単な調理をすることもあったが、食器洗いが主な担当だった。当時、同僚とのコミュニケーションはほとんどできなかった。要領の良くない、無口な大学生、という様相だったと思う。

他の大学生が朝から講義を受けているだろう時間に、春も夏も秋も冬も、せっせと米を何升もとぎ、炊いていた。色々な所作がぎこちなく、板前さんからこってり叱られることも、結構あったと思う。

学内を含め、周囲の人間関係に、そんなに心を開けたわけでもなく、大学とバイト先の往復をしていた。この時期、愛用していた白いiPodでよくかけていた中村一義「100s」と、GOING UNDER GROUND「ホーム」という2枚のアルバムを聴くと、米とぎと皿洗いの日々が鮮明に蘇る。

ある日、僕のまかないランチにカキフライがついてきたことがあった。

少し前に、めちゃくちゃ厳しくて怖い板前さんと、ちょっとした話題で一言二言、言葉を交わしたときに「カキフライ食べたこと無いけど食べてみたいんですよね」と僕が話したのを覚えていてくれたようだった。

その前の日だかに、しこたま怒られた板前さんが、仕事終わりでみんなで食事をするときに、

「水野、お前、カキフライ食べてみたいって言ってたよな」

と言いつつ、僕の皿にだけカキフライをおまけしてくれていた。

仕事中には、目を合わせてくれることも、わざわざ話しかけられることもほとんどなかったけど、このときは僕に向けて、ちらりと感情を出してくれたのがわかった。

働いた直後でへとへとだったので、受け止める余裕は全然なかった(しっかりお礼をできたかどうかも定かではない)けど、記憶にしっかり残っている。

僕はカキフライを食べたことがなかったけど、当時読んでた村上春樹のエッセイを読んで「かりっと揚がったカキフライ」を食べてみたいなあと、感じていたのだった。

そんな中いただいた、初めてのカキフライ、めちゃくちゃ美味しかったです。なんだかふと思い出した、21年前の話でした。

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