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松瀬学『荒ぶるタックルマンの青春ノートーー石塚武生のラグビー道』

日本ラグビー界に数多存在する一流のラグープレーヤーの中でもプレーから愛称がつく人は多くない。そのひとりが「タックルマン」と呼ばれる故・石塚武生さんだ。
私がラグビー観戦初めは石塚さんの現役時代には間に合わなかった。そのためプレーを見たことがない。しかし、ラグビー観戦の先輩方は石塚さんの強さ・たくましさを懐かしい顔で幸せそうに語ってくれる。

表紙は早稲田大学時代の試合中の写真。これからスクラムを押そうという姿を切り取ったものだろうか。写真からわかる通りポジションはフランカー(FL)。ラグビーワールドカップ2019™日本大会で日本代表キャプテンを務めたリーチ選手と同じポジション。攻撃ではフォワードのモールに駆け寄りボールを保持しキックされたボールを外側から追いかける。守備では誰よりもタックルをする。献身的でタフなポジションだ。

どんな選手だったんだろう。日本人らしいタフな選手だったに違いない。愚直に誠実にラグビーに向かい合った選手だったのだろう。

冒頭、日本ラグビーフットボール協会森会長へのインタビューから記事が始まる。メディアで拝見する森会長の語り口と本省の文章を頭の中で統合してみるとなぜか涙が出てきた。森会長の愛と森会長に愛された石塚さんのラグビー人生が自分に押し寄せてきて涙が混み上がってくる(何気なくカフェで読み始めたことを後悔した)。

高校は各種スポーツの名門である東京・国学院久我山高校。入学した石塚さんはサッカー部に所属していたが、ある日誘われてプレーをしたラグビーで体をぶつけることの魅力にを感じた石塚少年はラグビーに転身した。それから40年余りの人生をラグビーに捧げた。
早稲田大学1年生の時には、1年生が集団脱走するほど辛い「シゴキ」があった。それを乗り越えて早稲田大学のキャプテンとなった。キャプテンとなった時には意味のない「シゴキ」を止める一方で強くなるために必要な練習を徹底した。
そんな大学時代のラグビー漬けの生活を通じて、ラグビーを仕事にすることを決めた。

いつの日からだろう。ボクが、自分の卒業してからの進路について、とことんラグビーをやってみようと考え出したのは

本書より

ラグビー漬けの人生はとにかくストイック。
アマチュアリズムを土台とするラグビーでは社会人チームの選手であっても、通常の社員と同じように仕事をしていた時代だ。人事部に所属した時には日をまたぐほど仕事をする日もあった。それでもラグビーのために体を鍛えるのを止めなかった。

ある日、仕事で夜中になったことがあった。午前2時頃までかかり、さてどうしようかと考えてみた。このまま帰って寝ても、明日も出勤だ。そこでとりあえず、タクシーで二子玉川駅まで帰る。二子玉川駅から寮まで約3キロくらいである。時間は午前2時30分頃。自分はスーツ姿のまま、革靴のまま走り出した。道路には人ひとりもいない。人が見たら、いったいこんな時間に何事かと思われるだろう。
 でも、自分は気持ちよく走っている。汗が噴き出してくる。ここまでやらなくても、と思うこともある。でも、まさかと思われることをやっていかなければ人には勝てない。人に勝つためには、いつも真剣にやっているんだという自信しかないと思う。

本書より

最後に試合に出た日付は本書からは明らかにならない。また引退試合のようなセレモニーもなく伊勢丹の監督に移行した。かってな想像だが、石塚さんには「引退」という節目を明確にしたくなかったのではないだろうか。体格差で日本代表を外れた時も、骨折をした時も、リコーで選手登録できなかった時も常にラグビーを続けることを考えていたそうだ。

ラグビーノートから見える石塚さんからは「日本ラグビーのために」というような大きな夢は語られていない。ただただ愚直に自分のラグビーを磨ぎ続け、コーチ・監督になってからは教え子を磨き続けた。

57歳で急逝。高校生のラグビー合宿から帰ってきた翌日の出来事だった。弔辞は早稲田大学・日本代表で監督を務め石塚さんを指導した故・日比野弘さんだった。

君はすべての情熱をラグビーにささげてくれた。ありがとう。

本書より(スポーツニッポン新聞2009年8月10日付より抜粋)

この言葉が石塚さんの人生を最も表しているのだろう。日本ラグビー界にまだ必要な人をどうして連れて行ってしまうのか。ラグビーの神様は時に無慈悲だ。

「石塚さんが生きていたら2019年ラグビーワールドカップ™日本大会をどう見ただろう。」とふと思った。日本ラグビーの発展を万歳で喜んでくれただろうか。かつて一緒に戦ったビル・ボーモントWR会長(1979年5月イングランド代表として来日)や森JRFU会長(1979年5月イングランド戦のキャプテン)を「偉くなったな」と豪快に笑いもりあがるだろうか。
いや、きっとお祭り騒ぎを応援しつつも、やっぱり自分の目の前にある日々のラグビーに全力を注いだように思う。本書から感じた石塚さんは「毎日のラグビーを戦う人」だ。

読む前に感じた「日本人らしいタフな選手」「愚直に誠実にラグビーに向かい合った」印象は変わらない。ただし、上手く言い表すことができないほど「日々のラグビーに人生をかけた」人であることが胸にしみた。
ご存命のうちにお会いしたかった。想いを近くで感じ、お話を聞きたかった。後悔は先に立たないと分かっていても、残念でならない。
それでも、こうして本で石塚さんに出会うことができた私はラッキーだ。
松瀬さん、松瀬さんにノートを託してくださった石塚さんのご家族、話を披露くださった皆様、ありがとうございました。

石塚さんのようにラグビーに人生をかけ、日本のラグビーを前進させてくれた諸先輩方の上に今の強い日本ラグビーがある。これからも天国から見守ってください。

R.I.P.

(参考)
本書に登場する「5さいのるみこ」ちゃんは大人になり、<人の想いを伝える>仕事をされています。るみこさんが本書を紹介する動画をUPされてます。この動画だけでも本書で語られる石塚さんのストイックさとラグビーに懸けた人生が垣間見えます。本書と同じく動画でも涙腺が緩みます。


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