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Re-posting No.088 入試問題の著作権の話

Re-posting No.088 入試問題の著作権の話

「入試問題に使われていたよ。知ってた?」
「えー、知らない!見たーい!」

かなり前、どこかの雑誌だったと思うのだが、詩人の谷川俊太郎さんが語っている記事を読んだ。曰く、入試問題や教材に、自分の作品があまりに多く許可も得ずに使われているのに怒りを感じる、と言うものだった。確かに入試問題の中に谷川さんの詩を見る事は珍しくなかった。

その記事を読んだ後、2007年、谷川さんの他に、作家のなだいなださん、松谷みよ子さんたち作家・詩人27人が大手学習塾に対して、著作権侵害を理由に出版差し止めの仮処分を申し立てた。

平たく言うと、学習塾は許可も得ずに、教材の名のもとに自分たちの作品を無断使用してけしからんと、作家の皆さんは学習塾を訴えた。なるほど、谷川さん、あの時の怒りを公にしたかと思った。

この事は、教育会の大きな話題になった。これ以降、法律の整備もすすんだ。加えて、国語のみならず英語などの問題作成において、教育関係者は神経を使うようになった。

国語や英語の過去問題集などに「この問題は著作権上の問題で掲載を見合わせていただきます」などの文言は、上記の訴え以降に出現したものだ。

僕も既に塾を始めていたし、国語の読み取り問題も含めて、教材の手作りを夢中になってしていた時期だったので、人ごとでもなかった。それ以前にも、入試問題や教材で使われている文学作品、特に発表時期の近い作品などは、作者の許可をとっているものかどうかに興味はあった。

著作権法では、例外的に、著作権者等に許諾を得ずに、著作物を自由に利用できる場合を定めている。特に教育関係にその例外が多いと言って良いだろう。今では、教科書と言えど、著作権者への許諾が必要である。法律がどうこうの前に、他人の作品を使用する際に、その作者の許可を得るなど、道義上当たり前のことだろうと、僕は考えるし、考えてきた。

問題は入試問題の場合である。入試の前に作者に知らせたりすれば、そこから問題の漏洩が起きる可能性はある。入試が終わってから、事後承諾は得るのだろうか。金銭のやりとりなどはあるのだろうか。確かめる術もないので、答えの出ないまま長く疑問のままだった。

上記の訴えが起こされる前、2005年の事である。疑問だった入試問題の許諾に関することが、偶然にも二つ重なった。

近所の内科医院に行った時、混んでいたので待合室に置いてあった「文藝春秋」を手に取った。本の中に、いくつかのショートエッセイが掲載されていて、「南木圭士(なぎけいし)」さんのものがあった。南木圭士さんは好きな作家なので、読み始めた。内容はこのようなものだった。

南木圭士さんの息子さんが、大学入試センター試験を受験して帰宅し、言った。「今日の国語のテストに、親父の本からの問題が出てたぞ」と言われて、南木圭士さんは驚き、詳しく尋ねた。自分が若い時に書いた恋愛の話からの抜粋されたものが、入試問題に採用されていた。息子さんは自分の作品は読まない上に、若かりし頃の恋愛の話で「こっ恥ずかしい」思いだった、と言うものだった。

実は、この問題は僕も読んでいて、問題も解いてみた(満点でした、えへん)。南木圭士さんの軽妙な話に笑った。その上に、一つはっきりした。やはり入試問題の性質上、事前に作者の許可は得ないのだ。残念ながら、センター試験事務局が、テストの後に南木圭士さんに連絡を取ったかどうかは、エッセイの中に書かれていなかった。

その数日後のことである。こちらの塾に「大妻中野中学校」の受験を考えていた生徒リサちゃんがいて、過去問に取り組ませようとしていた。リサちゃんが来る前に、国語の過去問を見ていた。読んでいくと、うん、どこかで読んでいるなこの話、だった。

確かめると友人のセイラの書いたものだった。本からの抜粋に加え、設問が11題あった。「これはセイラに知らせないと」。すぐに電話を入れた。一通りの挨拶の後に本題に入った。
「セイラ、大妻中野中学校の過去問に『おわらない夏』が使われていたよ。知ってた?」
「えー、知らない!見たーい!」

セイラの文章は、2年前の入試問題に使われていた。聞くと、事前の連絡もなかったし(それは分かる)入試の後も何の連絡も無かったと言う(僕の連絡で知ったんだから、当たり前か)。もちろん、謝礼もない(これも聞かなくても分かる)。

「セイラ、オレは思う。入試が終わったら、連絡するのは当たり前だろう。どうだ、オレがマネージャーのフリして、大妻中野中から、お礼の一つでもせしめないか?」
「ええ〜、わたし、そんなのできない〜。それよりしんやさん、その問題見たい〜」
やはり、セイラは、悪党の僕と違い、お嬢様なのだなあ。

問題をコピーして送った。セイラからお礼の電話が入った。ひとしきり、家での食卓の話題になったと言う。その後の言葉に吹き出した。

「しんやさん、わたし、全然できなかったー。これ、難しいよー!」

作者もできないのです。リサちゃん、安心していいぞー!

そうだ、今度セイラにあった時、確認しなくちゃ。連絡は未だないのかどうか。


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