Dia(Mono)logue #1

「”……公式調査では、全国のホームレスは20xx年にxx,xxx人であったのが……”、いやだめだめ、こんな表現は差別だと上司に言われてしまう、ホームレスではなくて”路上生活者”と書き直しておこう。
……いやしかし、私は表現を改めたが、果たしてその内実は蔑視的なものではなくなったと言えるのだろうか?」
「君、心の声が漏れ出てしまっているよ、悪いが聞かせてもらった。」
「ソクラテス先生!」
「君は表現を改めたのだから、立派に君自身の意識を変えたと僕には見える。君はそれでは不満足だと言うのかね?」
「うーん、どう言っていいかわからないのですが言葉を変えただけで意識が変わったというのがもし本当なら、ポリコレが叫ばれるこの時代、とっくに差別はなくなっているはずではないですか?」
「それもそうだけれどね、それ以外に方法はあるというのかね?」
「いや、それは……」
「僕はたった一人であっても世の歪みのようなものに対する問題意識ーー今の場合なら差別表現に関する疑問だーーを持つ者がいて、その行動を改めていくことは社会的理想を実現する重要な一歩だと思うよ。」
「たしかにそうですけれど……」
「現に僕がこうして君のような若者と語らうのも、このような方法を置いて他に真に社会的な活動つまり政治などありえないと信じているからなんだ。」
「わかりました、先生としっかり考えてみます。」
「いい心意気だ、それでこそ君は本当の愛智者だというものだろう。では、まずはこういったことを考えてみようではないか。我々が使う言葉が我々の思考を規定する、と。」
「面白そうな仮説です。」
「まずは言葉、君は僕たちが使うこの言葉に、意味の存在を見出すかね?」
「もちろんです。辞書を引けばその言葉についての説明が手に入るので、意味というのはあるのでしょう。」
「いいところに目をつけたね。では、その辞書についてだが、君が調べた言葉の説明、これも言葉の集まりではないかね?」
「そ、そうですね。」
「つまり、そこで使われる言葉についても君が調べようとした第一の言葉同様、辞書をひくことができるわけだ。」
「それは否定のしようがありません。」
「してみると、どうだろう、その第二の言葉についてもまた同様だね?君はこの作業を続けて、ついにはあるゴールつまりは、これ以上調べることができない根源的な言葉に達することはできるだろうか?」
「いえ、できません。そういう根源的なものに達せず私は延々とこの作業を続けることになるでしょう。」
「そう、そのとおりだ。ともすれば、一度調べたはずの言葉のところへ戻ってくることも十分あり得るわけだ。
ではこうした不合理に陥るのは、君が辞書の引き方が下手だったからかね、それともはじめに言葉というものが意味を持ち説明できるものだと仮定したからかね?」
「おそらく後者です。」
「いいだろう、このことからまずある言葉が意味を持つということ、つまり言葉というものがある対象を指示するという写像原理のようなものを信じ切ってはいけないということがわかったわけだ。」
「はい。」
「次に移ろう、例えばこんな場面を想像してみてくれ、ある朝、僕が君に「おはよう」と声をかければ君はどうするだろうか?」
「おそらく「おはよう」と返します。」
「そうだね。またこういうことならどうだろう、「ここにペンがおいてあったが誰のものかね?」と僕が聞くときだ。このとき君は「私のです」とか「ソクラテス先生のです」などと答えるのではないかね?」
「そう思います。」
「そしてこういうことを考えてみてほしい、僕が君に投げかけた種々の言葉に対して、君は僕の言葉一つ一つを吟味し、つまりはその意味をしっかり考えに思い浮かべた上で、君の返答を作り出したのかどうかと。」
「例えば慎重に難しい問題を扱うような議論のときには吟味しながら返答していると考えるのが自然ですが、少なくとも普段の会話のレベルなら圧倒的にそういうことは少ないと思います。」
「うむ、それでは先程僕たちの間で同意できたことについて少し思い出してみよう。僕たちは今や、言葉の意味というものがあるという前提は誤っているのではないかと考えたね?」
「はい。」
「つまり意味などなくて然りというわけだ。」
「はい。」
「しかし、僕たちは相手が発する言葉に反応してある言葉を返すことができる。」
「そうでしたね。」
「意味というのは考えの中でじっくり吟味するものであったね。」
「はい。」
「では考えることなく言葉を発することは十分可能だと言えるね。」
「たしかにそのようです。」
「とすると君はこう僕に問いたくなるだろう、「我々が扱っているのは一体何なのか?、考えや意味から全く離れているのであれば、言葉とはなんだろうか?」とね。しかし、反復的かもしれないけどね、僕はこう答えるよ、それは「言葉である」と。」

To Be Continued……

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