避難・救助計画

避難・救助計画について考えてみたい.

避難計画とは,避難地点にいる避難民を,中継地点を経由して,安全地帯まで導くためのモデルである.モデルの仮定は,以下の通り.

1. 避難民が自力で(徒歩か自家用車で)安全地帯まで移動するための経路を指示する.この際,道路の封鎖,移動先の指示などを行うことによって,避難民を誘導する.

2. 避難民の発生地点(これを避難地点とよぶ)とそこにいる避難民の人数は既知とする.また,同じ避難地点の避難民は,同じ経路を辿って安全地帯に到着するように誘導する.(そうでないと,家族がばらばらに避難するような経路になってしまい,現実的ではない.)さらに,一度合流した避難民は同じ経路を辿る.(合流した避難民の発生地点は区別されないので,異なる経路を指示することは現実的ではない.),

3. 避難民は,特定の地点の集合(安全地点)のうちの1つに到着することを目的とする.たとえば,津波や洪水の場合には,標高の高い広場などが安全地点となる.これは一時避難場所であるが,大規模な地震の後に余震が続く場合には,安全地点はより遠方の被災地外避難所になる.

4. 避難民が経由する地点(避難地点と安全地帯以外の点)を中継地点とよぶ.たとえば,交差点が中継地点の候補となる.

5. 地点(避難地点,中継地点,安全地点)の対を枝とよぶ.具体的には道を指す.枝上には,時刻依存の移動時間が付加されている.津波や洪水のため,ある時刻になると通行不能になる場合には,移動時間を無限大に設定する.

以上の仮定の下で,特定の時間までに安全地点に到達できる避難民の数を最大化することが,避難計画の目的となる.

避難経路は(避難地点から安全地点に至る)パスであるだけでなく,複数の避難地点からのパスを併せたグラフにける出次数が1になることが必要である.サービスネットワーク設計問題の入木条件と似た制約になるが,より単純に定式化できる.避難計画については動的ネットワークフローを用いた研究があるが,実用的ではない.時空間ネットワーク上の数理最適化として定式化し,専用の解法(メタ解法かBendersの分解法)を適用すべきである.

避難計画は対象によって様々なモデルができる.日本だと津波,原子力発電所の事故,火山噴火,地震,台風,洪水,火事の際のビルからの脱出などが主な対象となる.

津波だと徒歩で近所の高台に逃げるというのが基本となる.この場合には,丈夫な高台を人工的に作っておく施設配置も加味する必要がある.

原発や火山噴火の場合には,より長距離を逃げる必要があるので,車やバスを用いる必要がある.この場合には,道路の車線を一方通行にしたり,合流を避けるために交差点に制限を加えたり,道路を意図的に封鎖したりする必要がある.台風で避難というのは我が国ではあまり意識がないが,米国ではカトリーナ以来,避難することが推奨されている.サンデーで実施されたが,車で逃げた人が多すぎて渋滞になった.

地震は規模に依存するが,熊本地震のときのように頻発する余震(2000回を超えたそうだ)の中,被災地の中で我慢するのではなく,被災地外に避難するための長期避難も重要になる.

避難・救助計画は似た問題になるが,ちょっと難しい.

大規模災害の際に,人は被災地から逃げる必要がある.自力で逃げられない場合には,救援用の資源(ヘリコプターを含む航空機,救急車やバスを含む車両,船舶)を利用することになる,それを効率的に運用するためのモデルが,ここで考える避難・救助計画モデルである.避難計画というとビルからの安全な脱出や,津波が来る前に高台に逃げることを思い起こすかもしれないが,ここで考えるのは,より大規模な避難計画である.被災地から安全な地域に大量の人を避難させることは,大規模なロジスティクス最適化問題になり,秩序だった計画が必要になるのである.また,後ろに救助が付加されているのは,同時に救助問題にも適用可能だからである.

以下の仮定を設ける.これは,筆者が行った複数のヒヤリングから抽出した一般論であり,特定の事例に基づくものではないことを付記しておく.

1. 自力ではなく救援用に派遣された資源を用いて,複数の避難民(ならびに要救援者;以下では単に避難民)を移動させる.

2. 避難民の発生地点(これを避難地点とよぶ)とそこにいる避難民の人数は既知とする.

3. 避難民に対しては優先度がつけられており,優先度は事前に与えられているものとする.優先度は,たとえばすぐに適切な手当が必要な重症者は優先度が高くなること表す.優先度は時刻によって変化しても良い.たとえば重傷者は病院に運ばれるまで,その優先度が徐々に高くなるように設定される.

4. 地点に対しても優先度が付与されており,時刻によって変化する.たとえば津波が近づいている地点の優先度は高く,津波接近にしたがい高くなるように設定する.

5. 避難民は,特定の地点に到着することを目的とする.この地点を安全地点とよぶ.たとえば,病人は病院に到着し治療を行うことが目的の場合は,病院が安全地点となる.避難民の種類によって異なる安全地点が目的地となっても良い.

6. 避難民が経由する地点(避難地点と安全地帯以外の点)を中継地点とよぶ.たとえば,飛行場や避難所が中継地点の候補となる.

7. 地点には容量(当時に存在できる避難民の数の上限)が付加されている.

8. 避難民の移動には,輸送資源(ヘリコプターを含む航空機,救急車を含む車両,船舶)が必要である.輸送資源が地点間を移動する際には,費用(移動固定費用)が発生する.

9. 輸送資源には容量が付加されている.

10. 避難民が地点間を移動する際には費用が発生する.この費用(移動変動費用)は時刻に依存して変化しても良い.

11. 避難民が地点に滞在するときには費用が発生する.この費用(在庫費用)は時刻に依存して変化しても良い.

以上の仮定の下で,刻々と変化する状況の中で,最適に輸送資源を運用し,なるべく多くの人命を救うことが避難・救助計画の目的となる.

解法としては,時刻を離散化した有限期間の多期間モデルを考え,これをローリングホライズン方式で運用することによって現実的な問題を解く.モデルは,ストラテジック,タクティカル,オペレーショナルの3段階に分けて考え,個々のレベル間の情報のやり取りによって全体最適化を図る.

ストラテジックレベルの問題では,避難民のフローを最適化する.

タクティカルレベルの問題では,輸送資源の配分を最適化する.

オペレーショナルレベルの問題では,救援の諸活動のスケジューリングを行い,活動の資源への割り当てを最適化する.

個々の問題については,数式が必要になるのでここでは触れないが,実用規模まで解くことが可能である.


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