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岩手方式とその限界

災害時の陸上での支援物資供給のためのロジスティクスは,震災の度に試行錯誤で行われてきた.どのような方式が良いかは,オペレーションズ・リサーチ(OR)の古典的な最小カットモデルを用いれば容易に分かる.

ちなみに,ORとは「ものの考え方」に対する学問体系であるが,ややもすると手法を覚える学問であると勘違いされてきた経緯がある.昔のORのテキストには,PERT,待ち行列,線形計画など手法が列挙してあり,これらの手法を暗記して使用すれば実際の問題が容易に解決できると宣伝されてきた.これは,全く本質を見誤ったものであり,本来のORの本質は,複雑な実際問題を理解するためのモデリングにあるのである.

表題にある「岩手方式」とは,東日本大震災のときに岩手県が,たまたま国道沿いにあった大型複合施設・岩手産業文化センター(アピオ)を一次集積拠点として成功したために,その後震災時のお手本となった方式である.それまでは,阪神淡路大震災のときには神戸市役所を集積拠点として失敗したのに代表されるように,被災地の中心に拠点を配置していた.これは,国土交通省のマニュアルに従ったものであり,まず県単位で一次集積所を設け,次に市区町村単位で二次集積所を設け,そこから避難所へ配送するといった方式である.図にすると以下のような方式(以下国土交通省方式)である.

支援物資供給地点 => 県集積所 => 市区町村集積所 =>避難所

岩手方式は,被災地外の大規模施設で交通の便の良いところに一次集積所を設けるという,いわば当たり前の方式であり,図にすると以下のようになる.

支援物資供給地点 => 被災地外集積所  =>避難所

どちらが良い方式かは,もちろん場合による.災害の規模,集積所の候補となる地点など様々な要因を考慮して,最適な方式を選択すればよいのだが,災害直後は時間がないので,ついつい国土交通省のマニュアルに従ってしまうので混乱が生じるのである.実際に,熊本大震災のときには,熊本県庁前の運動公園に一次集積所を設けていたために,大量の物資が停滞してしまった.後で福岡や佐賀に一次集積所を移転したが,重要なのは災害直後3日間の物資供給であり,備蓄在庫が少なかった熊本の場合には,食料や水が不足して,避難所になった学校で「SOS」と椅子を並べたことが話題になった.

どちらが良いかを判断するためには,単位時間あたりの物資供給量(スループット)に注目する必要がある.スループットに制限を与えるのは,ネットワーク内のボトルネック容量である.ORの古典モデルに最小費用流問題というのがあるが,その基本原理である「最大流・最小カット定理」によると,最小のカットが流しうる最大のフロー量になることが言える.容量制約は,地点間の移動を行うための資源(トラック)に制約される枝上と,集積所での処理可能量に制約される点上に存在する.容量をCに添え字を付けて表すと,国土交通省方式の場合には,以下の容量制約の最小値が,最大スループットになる.

1.支援物資供給地点から県集積所までの輸送容量(C1)
 2.県集積所の荷捌き容量 (C2) 
 3.  県が手配するトラックの輸送容量(C3) 
 4.  市区町村集積所の荷捌き容量 (C4)
 5.  市区町村が手配するトラックの輸送容量(C5)

C1は国が物流業者(通常は日通)に依頼するので非常に大きな値であるが,C2は県の職員の人数に制限があることや,集積所の荷捌きが手作業になる場合が多いので非常に小さい値になる.つまり,入フロー量が大きく,処理可能量が小さいので,当然大量の在庫が生じるのである.さらに,C3は(被災した)県の物流業者に依頼するのであるから小さい可能性が高く,C4は市区町村の職員が手作業で荷捌きするので極端に小さく,C5に至っては職員の自家用車やリヤカーで行うことが想定されているのでないに等しい.したがって,この方式における最大スループット min(C1,C2,C3,C4,C5)は,被災直後においては,ほぼ0になる.これが避難所に物資が届かない理由である.

一方,岩手方式の場合には,以下の容量制約の最小値が,最大スループットになる.

1.支援物資供給地点から県集積所までの輸送容量(C1)

2.被災地外集積所の荷捌き容量 (C2')

3. 被災地外集積所から避難所に移動可能なトラックの輸送容量(C3')

前述したようにC1は大きく,C2'も適当な施設を選択すればある程度の量は確保できる.荷捌き可能で容量も十分な施設がない場合には,複数の施設を用いる必要があるが,物流は規模の経済が効いてくるので,できるだけ集約することが望ましい.C3'も県外からの応援が可能であるので,県が手配するC3よりは大きい.したがって,最大スループット min(C1,C2',C3') は,少なくとも国土交通省方式のスループットmin(C1,C2,C3,C4,C5)よりは大きいことが期待される.

それでは岩手方式が最適な方式なのであろうか?妥当な被災地外集積所がなく,C2'が大きいときには岩手方式のスループットは小さくなる.同様に,集積所から避難所へ輸送可能なトラックが確保できなかった場合や道路が寸断されている場合もC3'が小さくなるので,スループットは小さくなる.

C2'やC3'が小さい場合には,被災地外集積所で物資の停滞が発生する.つまり,そのような場合に限って,支援物資供給地点から避難所へ直接輸送を行う方式が望ましいのである.被災地外集積所に物資を輸送してきたトラックは,そこで停滞が発生していることを確認したら,「事前に準備された」避難所の位置(住所の他に緯度・経度)を記入したカードをもらい,指示された避難所に直接配送をかける.この際,トラックには単一の支援物資(水や食料や毛布)が積載されているので,複数の避難所を巡回して物資を荷下ろしする必要がある.そのためには,避難所の規模,遠回りしないで済むような巡回順(事前巡回路の番号)なども事前にカードに記載しておく必要がある.カードは,「事前に計算された」事前巡回路の順にローロデックスボックス(名刺入れ)に(支援物資の数だけコピーを作成して)保管しておき,到着したトラックに積載された物資の量と種類に基づいて,カード入れに保管されている順に運転手に(荷量に応じて複数枚)手渡せば良い.これによって,避難所の公平性,効率性をある程度考慮した配送計画を迅速にたてることが可能になる.






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