押し出しと引っ張りの境界 2

熊本地震が発生する前にも「押し出しと引っ張り」について書いていたが,熊本地震から政府(首相)主導でプッシュ方式が採用されたと話題なので,もう一度コメントすることにする.

政府主導で行われたプッシュ方式というのは,以前のマニュアル通りに市区町村,都道府県からの要請を待たずに「見込みに基づいて」支援物資を被災地「近辺」に輸送することを指すが,これは本来の意味での押し出し方式ではない.政府のプッシュは県や市区町村の集積所に輸送するだけで,避難所まで「押し出し」で輸送しないからだ.図にするとこんな感じになる.

   支援物資供給地点 => 県の集積所 or 市区町村の集積所  ....  避難所      

避難所まで持って行く部分は「ラストワンマイル」なので今後の課題であるとほとんどの報告書は結んでいるが,「プッシュ,プル,ラストワンマイル」などのカタカナ専門用語を使っているだけで,本当のサプライ・チェインについて何の理解もないことが分かる.

本当にプッシュ方式を適用したいなら,避難所,被災地までトラック,ヘリ,ドローンなどを駆使して支援物資を届けるべきである.この際,市区町村の集積所はおろか,県の集積所などボトルネックになる部分は経由すべきではない.図にするとこんな感じだ.(支援の後半では一部このスタイルで輸送していたようだ.ただし市区町村の集積所経由の場合も多かったようだ.追記参照.)

   支援物資供給地点 => 被災地外の集積所  => 避難所

さて,プル方式についてもコメントしておこう.ほとんどの報告書では,最初はプッシュで徐々にプルに移行と書いてあるが,こんなことはサプライ・チェインの基礎の基礎である.問題はどのようにし(どういうタイミングで)てプルに移行していくのか,またプルを運用するためにどのような方法をとるべきかである.

今回の地震では避難所にタブレットを配布したことが報道されているが,こんなことはあまり本質ではない.(実際にあまり活用されなかったらしい.)問題なのは,避難所に配送するときにリクエストを聞いて,それに基づいて次回の支援物資を決めるという現行方式である.熊本地震のときも東日本大震災のときも集積所には十分な量の支援物資が蓄積されていた.熊本は小さな地域であったし,東日本のときも人口密集地域でなかったためだ.したがってリクエストされた物資は十分な在庫から補充できたが,南海トラフや首都圏直下型の大震災の際には,集積所でも物資が不足することが想定される.このような場合にリクエスト方式をとると,避難所側で本来必要な量より多めの発注を行うことが予想される.これは「配分ゲーム」とよばれ,サプライ・チェインの不安定性(鞭効果)の原因の1つになっている.

例としては,品薄の新商品の仕入れを行いたい店舗が,多めの発注をメーカーに行い,ブーム後に大量の在庫を抱えたことがあげられるが,支援物資の場合には,より悲惨な配分ゲームが発生し,大混乱を引き起こすことが危惧される.またリクエスト方式だと,この菓子パンは食べ飽きたから他の菓子パンが欲しいとか,ついでに大型テレビが欲しいなど,様々な不具合が実際に発生した.(そのうち現金が欲しいと言い出す人も出るに違いない.)プルに移行するタイミングの決定や配分ゲームを起こさないための方式については,熊本地震の前に書いたノート「押し出しと引っ張りの境界」に書いてあるので参照されたい.

追記)産経WESTの記事

http://www.sankei.com/west/news/160517/wst1605170009-n2.html

によると,「熊本県の混乱ぶりをみてとった政府は、県の施設を介さない支援物資の運搬方法を模索。佐賀県鳥栖市や福岡県久山町の大手物流会社の拠点などに支援物資を集約し、自衛隊や物流業者が直接、市町村や避難所に送る運用を取った」そうだ.この記事によると「国からの支援物資は17日以降、熊本市の中継拠点に続々と届けられた。しかし本震による被害の拡大は行政職員の多くを被災者に変え、マンパワーの不足を招いた。この結果、さばき切れずに、段ボールがうずたかく積み上げられる場面もあり、同市の集積場では19日のピーク時に3~6時間の荷降ろし待ちとなった」ことも指摘されている.

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