井坂さんの「耳人間」の朗読会

最近、渋ドラの井坂康志さんの朗読「耳人間」シリーズを楽しみにしている。19時開始なので家人の夕食を早めてのぞむのだが、昨日は10分ほど遅れてしまった。冒頭の挨拶も終わったのか、すでに朗読が始まっている。タイトルを聞き損ねたかも。
とりあえず、耳を澄ます。
  「小僧に寿司をごちそうして・・・」
あ、この話知ってる・・・たしか『小僧の神様』というタイトル。
と同時に、高校時代の現代国語の先生の顔が頭に浮かんだ。中島先生、早稲田を出たばかりの若い女性の先生で、夏目漱石の専門家だった。漱石だけでなく、中勘助、芥川龍之介など次々と近代文学を読んでくれた。受験に直接役にたちそうもないし、柔らかい声が眠気を誘うため、本好きの数名だけが耳を傾けていたように思う。
中島先生の名前など、高校卒業以来思い出したこともなかったのに、40年前の記憶が鮮やかに蘇る。
声って不思議だ。本を読むのと違って、一気に時空を超えて、その瞬間に立ち戻る。
井坂さんがフィードバックを説明するときに、意識と無意識の層に釣り糸を垂れるイラストを使われることがあるが、声ってまさに釣り糸のようなものなのかもしれない。

そんな物思いにふけっていると、2作目の朗読が始まった。今度も短編の名手、作家名をあててくださいとのこと。
  「インドの独立運動活動家のマティラム=ミスラ君・・・」
あ、このエキゾチックな感じは芥川。魔術の話から「かるた」の勝負になっていく。
「キング」で、一気に結末が反転する。あ、この結末はアリス。ハートのクイーンが「おだまり!」と言った瞬間に、アリスの夢が覚める。あの場面と感覚が一緒。たしか芥川はAlice in the Wonderlandの翻訳をやっていたはず。「アリス物語」という邦訳タイトルで、は芥川の没後、菊池寛が仕上げて共訳とした。芥川は、翻訳を仕上げられなかったけど、アリスという作品が好きだったのだな。『羅生門』『杜子春』など古典をベースに自分なりの文学作品に昇華させる芥川の手法が、この作品でも使われている。
「魔術を使うには、欲を捨てなければなりません」
これは……  宮沢賢治の『注文の多い料理店』を彷彿させる。
しかし、これは児童文学ではない。
だいたい、ファンタジーにおいて魔法は禁じ手である。魔法で何でも解決できたら、ファンタジー世界での冒険は成り立たないもの。

気づけは朗読は終わって、参加者の感想を求める時間となった。
作品タイトルはすぐに当てられた。芥川龍之介の短編「魔術」
言葉は不思議だ。何一つ新しいものはないのに、すべての言葉は知っている単語のはずなのに、組み合わせの妙で脳内に絵が浮かび、その絵が動き出し、語り掛けてくる。
物語の言葉は、記憶を次々と掘り起こし、鮮明な絵を差し出す。
声は、読んだ日の、あるいは読んでもらった日の記憶そのままに蘇ってくる。
本のように埃をかぶることもない。
「耳人間」の僥倖。


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