ゼロから1を生み出す天才技術者F氏の思い出

私は自伝ではなく出会った人を書いている…… そう思って一番最初に頭に浮かんだのが、技術開発のF部長。DDIのビジネスベースを次々と生み出したクリエイター。写真を探したけど、手元にあったのは、恥ずかしながら私の結婚式の二次会の写真だけ。多忙で仕事中に写真撮る習慣などなかったからなあ。左から技術のF部長、営業のN部長、情報システムのS部長。三人は千本専務を支え、私にとってはすべて元上司となる(部署異動したから)。

異業種でも舞台裏はおもしろい、という感想も聞いたので、テクニカルな説明も書いていこうと思う。長文失礼。

第二電電(今後はDDIと表記)は、社名が端的に示すように、NTTと同じ電話サービスを提供する。ライバルとなるのは新電電2社。JRが母体の日本テレコムと道路公団やトヨタの連合体がバックの日本高速通信。長距離電話のための光ファイバーを、テレコムは新幹線沿いに、高速通信は高速道路沿いに敷設していく。一方DDIの株主は京セラやソニーなど新進企業ばかりでそんなコネはない。マイクロ無線を選択し、山の上に無線の鉄塔を建ててリレーしてつないでいく。しかし、そういったシステムの違いはユーザーには見えない。勝負はずばり電話料金である。

新しい通信会社を選べば、長距離電話料金が安くなる。申込書を記入してもらい、顧客登録をする。ここまでは無料なので営業努力次第。(代理店コミッション競争になったが)問題は、電話をかける際の手間であった。

国際電話をかけるときに電話番号の前に001をつける。これは国際電話という意味ではなく、実は事業者識別番号、つまりKDDを使用するという意思表示になっている。NTTのローカル交換機は、NTTの上位交換機の代わりに、KDDの交換機に接続する。このしくみを国内の新電電に活用したので、新電電の回線を利用する場合には、電話番号の前に4桁を回す。DDIの場合は、0077である。しかし、国際電話は意識してかけるのだが、国内電話にはその習慣がない。ユーザーからすると、ちょっと安いだけで何の違いもないのに、毎回4桁をプラスするのは面倒である。営業、広告宣伝は、とにかく0077の周知に努めたが、人の意識、習慣を変えるのは容易ではない。

救世主となったがLCRアダプターである。0077を手回しするのが面倒なら、自動的に0077を付加するアダプターを電話に接続すればいい。しかし、全部のコールをDDI回しにはできない。アクセスポイントの設置場所により、電話料金がNTTより高くなることもあるし、エリア外も多い。

F部長はユーザー視点で考えた。自動で一番安い回線を選択して、必要なプレフィックスを付加して自動発信する付属機器の開発。LCR(Least Cost Routing)アダプターである。1回線用で小さな弁当箱くらいの大きさの箱を、電話機のに接続する。アダプターには料金表を搭載する必要があるが、電話料金値下げ競争とエリア拡大により、料金表は頻繁に更新された。そのたびに新料金表をダウンロードする必要がある。

これだけの機能を満載したアダプターは、開発やメンテナンスコストを考え、当初は15000円くらいで提案された。ところが、稲盛会長は0円、無料と英断した。そんなにいいものなら、どんどん配って、使ってもらったらいい。稲盛会長の口ぐせ「値決めは経営である」、キーとなる商品価格や代理店コミッションなどの最終決定はすべて会長説明で決まっていた。

営業の主眼はアダプターの申し込み獲得になった。申込書をシステムに登録して、アダプターを顧客宅につけにいく工事業者の手配、ついたアダプターへの料金テーブルの設定、料金改定のたびの大量のダウンロード、それをさばくコールセンターなど、バックヤードの事務処理部隊も膨大にふくれあがった。

無料となり顧客獲得のハードルが下がった。簡単な説明して申込書を書いてもらうだけなので、営業には特別の技能はいらない。勝負は、どれだけの営業人員を動員できるか。儲けるチャンスとばかりに、工事業者や商社系など何万という代理店が動いていく。いきおい、新電電間での代理店コミッション競争になっていった。それを見越して、DDIアダプターと同種のものを開発してライバル社に持ち込んだのが、孫正義氏と営業の大久保氏である。F部長は当時の孫氏のことを「実直なエンジニア」と称していた。孫氏の通信ビジネスのスタートはこれだったと私は思っている。

営業がアダプター競争に突入しているころ、F部長は次なる手を考えた。アダプター機能をマイクロチップ化して電話機に内蔵するαーLCR(アルファ、エルシーアール)である。電話機出荷前にチップを内蔵してもらうためには電話機メーカーに営業をかけなくてはならない。それを助けたのが、営業のN部長だった。ソニーからの出向のN部長は、新規開拓営業のプロ。多くのメーカーを回った。最初は見向きもされなかった、やっと鳥取三洋電機のファックスに搭載が決まった。

αーLCRはこれからの種、儲かってない部署にはお金も人も手当てしてもらえない。F部長の下の技術開発部員はLCRの改良で手いっぱい。複数回線用やビル内交換機の内線対応など現場から次々要求がくる。

隣の島で、お茶汲み以上の仕事を探してきょろきょろしていた私に、F部長から声がかかった。「新しいこと考えているんだけど、ちょっと手伝わない?」私が新規開発プロジェクトに関わるきっかけは、いつもF部長のささやきだったかもしれない。

チップ搭載したファックスをユーザーが購入して自宅に取り付けると、チップに内蔵した番号に自動発信する。ここまでは技術的にできる。問題はこの後の事務処理フロー。名前もわからないファックスの主をDDIの顧客にするというのが課題である。αーLCRの事務企画が私にとって、お手伝いではない自分の仕事の第一歩となる。続きはまた明日。



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