生きることが、言葉になる



このときから、2週間が過ぎました。

3/5までに10万円というのは、まったくもって間に合わなかった。
こからさらに1週間経って、いま、お金という目に見える現実としては、さらに厳しい状況にある。

現時点で、だれからもお金の振込はいただいていない。

絶望してしまってもおかしくないと、自分でも思う。

きっと、これまでの私なら、焦りと不安に支配されて、

できてない!
ダメだ!
なんでなの?

って、自分自身に詰め寄っていただろう。

いま、わたしは、これまでにないくらい落ち着いている。

余裕ぶってるわけじゃない。

悔しい。
かなしい。
落ち込む。
怖い。

全部ある。

だけど、これらを、どうにかしようとしなくていい。
そのまますべて、この空間に、身体に受け入れている。


目に見える現実が、『ない』と思えても、”望み”が在ることを感じている。

その”望み”を、ひとつ、ひとつとかたちにする。

それだけだ。

だから、どんな嵐が起きていようと、堂々といまに存在し、生きることができる。



明日どうなるか、いつ更新できなくなるかわからないから、言葉にするのは最後のつもりで書きます。

あらためて、お願いです。

いまのわたしに、どうか、お金というかたちで、力を貸してください。


正直なところ、携帯代が支払えていないなどという個人的な事情を、状況として伝えなければいけないこと、その上でお願いしていることに、抵抗が全くないわけじゃないです。

それは、きっと、わたしの中で、『こうじゃなきゃいけない』という自分が、まだ少なからず、居るからだと思う。

それでも、わたしが、こうすることを選んでいるのは、『これしかできない』からじゃない。

”これがあった” から。

ここにある、唯一の望みだったからだ。


ただ、支払うためのお金を貰って、

はい、終わり!

ではない。

それができるなら、とっくに別のことをやっている。


かといって、こちらから、わかりやすく対価となるものを、差し出しているわけではない。

わたしがやっていることは、一体何なんだろう?

今日、ここで言葉になるまで、わたしは、自分自身に問い続けた。

目に見えている現実が、どれだけ絶望的に思えたとしても。
これまでみたいに、『ダメだった』なんて、簡単には諦められない。

もちろん、いまお金が必要だというのもあるけれど。

それだけじゃない。

わたしが諦めることができないのは。


言葉にすること。


いまここに在る”音”を、言葉にすること。

それが、どこかに響いて、誰かと交わり、拡がり、かたちになっていくこと。

そして、そのよろこびが、わたし自身に還ってくるということ。



わたしは、ものすごく欲深い人間だ。

おかげで、ここに言葉を綴ることができている。

言葉にすることも、お金を受け取ることも、これまで、わたしにとって、『できない』と思ってることだった。

それだけじゃない。
ほとんどすべて、過去のわたしは、『できない』という思いにとらわれて生きていた。

言葉にならない。
かたちにならない。
お金にならない。

人と関わることができない。

わたしには、安心できる場所がない。

だから、どうにかしなきゃいけない!と、無意識に、重たい苦しみを背負って歩いてた。

そこにいるときは、自分にできることなんて何もないような気がするから、できないことを何とかしようとして、気づかないうちに、どんどん苦しくなっていく。


数か月前のわたしは、”空間意識”という、ものすごいギフトを受け取っているにもかかわらず、かたちにならない!と嘆いていた。

でも、そこから、お金をとおして最大のピンチを迎えて、やっと気づいた。


わたし、このままだと、ずっと『できない』ままじゃん!
って。


お金を稼いでいないと言葉に説得力がない、とか。
言葉にしないとお金を貰うことはできない、とか。

きっと、わたしは、無数の『できない』で、がんじがらめになっている。

そうじゃない。
そもそも、そこじゃない。

その無意識の思考のループから、抜けることなんだ。


言葉になっている。
お金は豊かにめぐっている。
人とともに生きている。
安心できる場所は、ここにある。


いま、すでに在るじゃないか。


こっちが、わたしの”望み”だ。

生きる”意志”だ。

そして、”望み”を思い出したとき。

わたしにも、世界にわたせるものがあるんだ!って。

それは、ずっとここに在ったんだと、気づくことができたのです。



わたしは、自分がやってきたこと、やっていることの、可能性をみている。

それは、実績とか結果のことではない。
努力の話ですらない。

でも、わたしにとって、何よりもわからなかったこと。

”存在”を感じて生きるということ。

言葉、時間、お金、家族、愛。
あらゆるものの残像にとらわれるんじゃなくて、これらの”存在”とともに、わたしという存在”を生きること。

ともに、世界を創造すること。


それには。
まず、わたしという”空間”に気づくことだったよ。

感じることだったよ。
目に見えるものと、目に見えないものの、間にあるものを。

そして、その上で、この身体をつかって、望みそのものを生きるということなんだよ。

わからない・・・!と絶望しなければ、気づけなかった。

一瞬一瞬で、微細で。

それでいて、ものすごく力強い。


”存在”


これを、生きて体現する。

そして、言葉で表現する


ただ、その”いま”に、力を貸してほしい。



以下に、あらためて、振込先を記載します。

わたしが生きることに、そして、これからも言葉で伝えていくことに、お金というかたちで協力をしていただけたら、本当に嬉しいです。

もちろん、それぞれ自由な金額で、お願いいたします。

振込先:
三井住友銀行 人形町支店
普通 1187587
ハットリミキ

お振込みいただいた方は、LINEか、Facebook Messengerのどちらかにご連絡をいただけるとありがたいです。
メッセージを確認でき次第、お返事いたします。

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”過去”に根拠もなければ、”未来”の保証もない。


でも、だからこそ。
いまここから、ひとつずつ、かたちにする。

わたしの中にある”望み”で、世界を創る。


世界を開いて、拓いていく。


今日ここに、言葉にすることができてよかった。


まだ終わってなんかいない。

むしろ、始まったばかりなんだ。



ここまで読んでくださって、本当にありがとう。




あなたという神と、わたしという神へ、ありがとう♡