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飛行機で絵を届けに

凛は、タイに向かう飛行機に乗っていた。

前回の話はこちら↓

手荷物の収納スペースには、一枚の絵が入っている。その絵は、凛が数日前に完成したばかりのものだ。

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「凛さん、展覧会で見た”ベルガモのかけら”はまだある?」
日本に帰国した井上さんとの会食で聞かれた。タイに出発する2年前のことだ。

井上さんと凛は、イタリアの美術学校で知り合った。井上さんは仕事を早期退職してイタリアに来たそうだ。明快な物言い、自信に満ちた論理的な話し方、疑問はすぐに先生に質問する。外資系の職場でバリバリ働かれていたと聞いて妙に納得した。

井上さんは、凛の絵の展覧会で見た”ベルガモのかけら”が印象に残ったらしい。だが、その絵はすでに購入者が決まっていた。

「もう一枚、これから描きます」

凛は、井上さんの為にもう一枚”ベルガモのかけら”を描いてみることにした。

イタリアで出会った当初、井上さんと凛はただの知り合いといった感じだったが、言葉をかわすうち、一見クールで近寄りがたい態度の奥に、世話好きで暖かい面が垣間見える。愛想笑いは決してしない井上さんの笑顔は、とても魅力的なのだ。

「もう一枚、これから描きます!」それまで注文で絵を描いたことはない。まだ描いてもいない絵を注文してくれる=凛を信頼してくれる人を、喜ばせたいと思ってた。

ご注文いただいたのはフレスコ画「ベルガモのかけら」。

凛は、フレスコ画の材料(漆喰など)を取り寄せ、制作を開始する。漆喰や湿度など描画に向いた条件が噛み合わず、2回失敗したが、3回目でようやく完成することができた。気がつけば飛行機に乗る日はすぐ間近に迫っていた。

額装を終え梱包し、持ち上げるとかなりの重量となった。だが、手荷物として機内に持ち込みたい。(預けて粗雑に扱われるのは避けたい)
こうして、絵を携え井上さんの家にお届けすべく、飛行機に飛び乗った。空港のカウンターの測りにおそるおそる絵を乗せると、針は6キロを指した。機内持ち込みの手荷物は7キロ。安堵と同時に汗が出る。

絵を海を越えてお届け

飛行機でお届けにいくタイは2回目。以前の来訪時と異なり、経済成長が著しくものすごい活気だった。saiamu paragonn (夜のサイアムパラゴン)

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ここから車で3時間。凛は、井上さんの家に無事絵を届けてきた。

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滞在の1週間あまり、井上さんは凛をあちこちに連れて行ってくれて、様々な御馳走をふるまってくれた。旅行中のあらゆる刺激は今でも鮮明に思い出す。

扉を一つ開けるごとに、凛の想像よりも新しい世界が開ける。

ひたすら絵を続けてきたご褒美が一気にきたような出来事だった。

「美しきバルール」最初からはこちら↓



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