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引っ越し、さみしい

 実家を出てから、ほぼ2年単位で家を変えてきた。どの家もそれぞれ好きなところもあれば、嫌いなところもあって、引っ越しはいつも旅みたいで楽しかった。ついこのあいだまで住んでた家は、はじめて5年住んだ家だった。庭文庫のある、笠置町内で賃貸の空き家が出るのをずっと待って、3年かかって見つけた家。猫を飼い、お隣さんと話し、娘が産まれて、大きくなった家。駐車場と家が遠くて、玄関まで人ひとりようやく通れるほどの狭い坂を歩いて登らないといけない家。大きくなりすぎた金木犀、水漏れで壊れてしまった洗面台、雨漏りの気配。単独浄化槽だから、キッチンの水はそのまま川へ流れてしまう。月一の溝掃除。石垣に生えまくる木。昭和のおわりに建てられたあの家は、もう結構大規模にリフォームしないと、住み続けるのは、難しそうだった、緑の中の家。

 朝、庭から見る山と、空と、空き地が好きだった。陽が沈むのも、月がのぼるのも、ももちゃんと、娘と、猫たちと、一緒に見た。駐車場の横には大きな木が生えていて、美しかったけれど、洗車をしてもしても白い車は鳥のフンと木の葉で汚れた。寝室はいつも緑の匂いがした。駐車場へ入る狭い橋で何度も車をぶつけた。わさわさといろんな木々が生えた庭を見ながら朝吸うタバコが好きだった。日曜日はいつもお隣さんが庭に出て、ご夫婦で草木や野菜や土を管理していた。気に入ってはいたけれど、もう長くここに住むのは難しそうだから、ここを買わないのならば、新しい家に引っ越さなくては、と2年くらい前からすこしずつ新しい家を探していた。大人2人で暮らすには充分広いけれど、こどもが1人もしかするとあと2人増えるには手狭な家だったから、借りたときからずっとこの家に住むイメージはわたしたちにはなかった。

 笠置が好きだから、ずっと笠置町内で探していたけれど、中々好きな家は見つからない。この地域は、娘の小学校にあがるときに同級生がかなり少ないことが気になりだしたのが、一年前。笠置町だと、おそらく娘の同級生は2人しかいない。複式学級も視野に入る。こども園の未満児クラスは10名くらいいるから、今はとっても楽しそうだけれど、やっぱり、小学校にあがるときが心配になった。隣の中野方町だと、同級生は6人いるらしい。6人と2人じゃ全然違う。

 わたしが小1のときに、父と母は家を買い、あたらしい土地へ引っ越した。沖縄の保育園と幼稚園の制度はすこし変わっていて、どこの小学校にも付属の幼稚園があり、小学校にあがる一年前にみんなその幼稚園に入園する。わたしは知り合いもいなく、まわりがみんなすでに友達の小学一年生をすごして、すこし寂しかったから、小学校にあがる数年前には、娘をその地区のこども園にいれたいと願った。

 3月にインバウンドツアーをしたのをきっかけに、中野方町の移住支援をしている方とひさびさに再会した。ちらりと「中野方町でも家を探してるんです」と話すと、その方は1週間後にめちゃくちゃ条件のいいお家を紹介してくれた。なんでも、入る予定だった方がちょうど入居をキャンセルしたらしい。風のとおる綺麗な家だった。日当たりもいい、キッチン、トイレ、お風呂も綺麗。猫も飼ってもよくて、部屋数は増える、駐車場は近くなる。庭の大きな赤い花が綺麗で、入り口のつるバラも咲き誇っている。大きすぎない畑もすぐ横にある。倉庫もでかい、庭文庫からも、そんなに離れない。そして家賃は変わらない。この物件以上のものは、あと2〜3年は出会わないだろうと、物件を見たときから思っていた。この家ともう一軒、しっかりした古民家も見た。どちらがいいかももちゃんとも相談して、この家に越すことにした。そして、この前、なんとか引っ越しを済ませて、この家に住み出して何日目かの夜を迎えて、突然にめちゃくちゃさみしくなっている。

 前の家より、家の中が良いのは間違いない。ただ、この家の近くには、そしてお庭にも、大きな木がない。それが、さみしい。風の匂いが違う。Googleマップで前の家を見るとこんもりまわりが緑で覆われている。お隣さんは近いが、大きい木もそこかしこにある。庭にも、すぐ下の道にも。今の家は、お隣さんはわりと遠いが、ひらけている。Googleマップ上でもすこし北とすこし南にこんもり緑があるが、家のすくそばには畑と田んぼがうつっている。

 まさか、そんな、と、自分でもすこし驚いている。恵那は山に囲まれた市だ。中野方町は恵那の北部にあり、より山が近い。リビングのある窓からは山と空が見える。それでもなお、すぐそばに、大きな木を、わたしが求めていることを、引っ越してからはじめて知った。

 娘とももちゃんはぐーぐー寝ていて、わたしはソファーで横になりながらこの文を書いている。お腹の上には猫がいてあたたかい。

 引っ越してきた当日、この家を紹介してくれた方が来てくれて、お手紙と、パウンドケーキ、お漬物や梅干しをくれた。近くに住む大家さんの親戚の方が電話をくれて、「近くの川の蛍が綺麗よ!」と4人で川で飛ぶ蛍を見た。わたしは、あんなにたくさんの蛍をうまれてはじめてみた。

 外ではカエルが鳴いている。前の家でも鳴いていた。前の家は本の在庫の片付けが、おわらないことはわかっていたので、来月末まで借りている。なにも言わず、借り続ければよかっただろうか、今からでも在庫の倉庫として使わせてくださいと言えばいいんじゃないだろうか、ともおもうが、駐車場が遠く小さな坂しかないあの家は、冷静に普通に考えれば、本の倉庫としては絶対に向いていない。

 こんなに引っ越しがさみしいのは、多分、実家の沖縄を出て、大阪で一人暮らしをしたとき以来だ。そういえば、あのときも沖縄が恋しくて1週間くらいは毎日泣いていた。おそらくやっぱり予定通り前の家は大家さんにお返しするんだろう、わかんないけれど。明日ももちゃんに相談しよう。大きな木は、庭文庫に行けばめちゃくちゃある。あの木をたちを、もっと大切にしようって、泣きながらおもっている。そしてこの家のお庭に紫陽花を植えよう、きっと他の植物も。昨日娘と買いに行ったトマトと茄子、きゅうり、パセリ、バジル、それから大葉の苗も、畑に植えよう。

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