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わたしの大丈夫倶楽部

 もう随分とそんなことは少なくなったけれど、ひとり暮らしのときには眠れない夜が年に何度かあった。明確な理由はわからないけれど、この夜がずっと続いてほしいと願うのに、夜ひとりぼっちでいることが耐えられなさそうな時間。

 そういうときにやることは大体決まっている。久高島の、海と浜を思い出す。あそこは今日も誰もいなくて白い鷺や魚たちも寝ていて、ぬるい潮風と波音がする。冷蔵庫にあるバターとたまごをおもいだす。トマトがあればなお良い。窓を開けてベッドに横たわり外を眺める。そうしているうちに、すこしずつ空が明るくなりはじめる。そうしたら、小さな風呂になみなみと熱い湯をためて体も洗わずざぶんと入る。風呂の窓も開けておき、ちいさな窓から入る光を見る。風呂から出たら、体を拭くのもそこそこにキッチンに行き、大きなフライパンをあたためおおきくとったバターを溶かす。卵を3個、もしくは4個うつわに混ぜて、大きなオムレツをつくる。すこしだけ塩をふる。形は歪でもいい。家中がバターの香りがする。トマトがあればトマトもいれる。にんにくや玉ねぎがあってもいいし、なくてもいい。大皿にできあがったオムレツをいれ、ケチャップをかけて食べる。そのころにはもうずいぶんと外は朝になる。食べ終わっても、バターとたまごの匂いがする。流しに皿とスプーンを置き、またベッドに横たわる。そろそろ沖縄の海も日がのぼりきり、水面は明るく輝いているだろう。眠れそうな気がする。予定がない日はそのまま昼まで眠ってしまう。起きたら、自転車で公園へ行こう。途中のパン屋でサンドイッチを買って本を読みながらベンチで食べよう。雨ならゲオで映画を借りて、ポテチとコーラ、ピザを片手に静かに映画を見ようと決めて大体そのへんで眠りにつく。

 最近は、そうなる前に白米と肉、もしくは刺身、もしくはその両方と、ビールもしくは好きな酒を飲むことにしている。気分がくさくさしてきた、なにもかも嫌な気分だ、そんなときは車で大きめのスーパーに走り、シソと、大きな刺身の切り身(カンパチのことが多い、なければねぎとろ、まぐろ、イカでもいい)、分厚く大きいオージービーフのステーキ、その日飲みたい酒を買う。サンチュやレタスがあってもいい。その日のいろんな用事を済ませ、白米を炊き、フライパンをあたためる。先ににんにくを炒め取り出す。スーパーでもらった牛脂を溶かして、分厚いステーキを焼く。塩胡椒でもいい。気が乗れば、ステーキを焼いたあとのフライパンで刻んだ玉ねぎを炒め、赤ワイン、醤油、バター、あとは適当な調味料を入れステーキソースをつくる。刺身の柵を分厚めに切る。きゅうりやトマトがあったなら、それもサラダとして切る。オリーブオイルと塩だけでいい。そうしているうちに米が炊ける。炊き立ての白米と刺身、ステーキ、冷やしておいた酒を並べる。すでに幸福感がある。ステーキはでかければでかいほどよい。無心でそれを食う。大体食べきれず、次の日の朝ごはんになる。そして風呂に入り、お布団へ行く。冷蔵庫に入っている刺身やステーキの朝ごはんをおもう。そうして眠りにつき、朝起きたらそんな気分はずいぶんと減っている。

 わたしにとって久高島のような、沖縄の浜のような場所に、誰かにとって、庭文庫がなるといいなと願っている。静かな朝があり、にぎやかな昼があり、すこしさみしい夜が、今日もここにあることを、誰かが、おもいだすことができる場所のひとつになればいいなとおもっている。別にそれは庭文庫でなくてもいい。海でも、森でも、湖でも、音楽のなかでも、物語でも、詩でもいい。今の生活と地続きにあるのに、自分とは関係のないところでまわる太陽や月のことをおもいだせれば、なんだっていい。

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春ちゃんがインスタのストーリーにあげてた漫画を読んでわたしの大丈夫倶楽部のことを書きたくなった。無料で読めるので、こちらもぜひ。

 


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