他人の愚痴を言うことにメリットはあるのか

こんばんは。

さて、今回はタイトルのとおり、「他人の愚痴を言うことにメリットはあるのか」について少し考えたいと思います。

引きこもりではないすべての人間は、ほぼ毎日必ず他人と関わっているはずです。当たり前のことですが、育った環境や様々な経験により、他人と自分の価値観や感覚がまったく一緒であることはありえません。

小学生のときに、人の悪口や陰口を言ってはいけませんと当時の先生から言われました。今、大人になって生活していますが、他人の陰口をまったく言わない人はいないと思います。

だれしもが、自分と、自分以外の誰かの感覚や価値観の違いのギャップに対応できず、それが愚痴となって口から出ているのでしょう。

じゃあその愚痴にメリットはあるのか。

自分の思いや考えを文字や言葉にすることによる、ストレスの発散効果というのは実際に研究で証明されているようです。

なので、愚痴を言うこと自体は愚痴を発信する人にとっては悪いことばかりではないと言えそうです。

問題は愚痴を聞かされるほうです。

いい気持ちはしませんね。ただ、愚痴を言う側に寄り添ってあげることはできますよね。

どんな大人の社会にも、どうやら好き嫌いや合う合わないが絶対に存在しているようです。

きっと自分も言われているでしょう。

そんな蟻地獄のような空間を、さらっとかわしながら生きていくための訓練は学校ではなかなか取得しづらいものです。

やっぱり、いまの自分の視点ではない別の視点からいろんなものを覗いてみることによって、人はワクチンのようにウィルスに侵されることがないような、社会対応力の引き出しみたいなものを獲得できるんじゃないかなーと思っています。

残念ながら、社会対応力ワクチンは20代のうちに打たないと効果を為さないとか為すとか、、。

タイトルに戻りますが、愚痴は言わないほうが聞かされる側にとっては良いでしょう。ただ、発信する側が言わないと潰れてしまうくらいストレスが溜まっているときは、愚痴を言って発散しましょう。そのときは聞いている側の人たちは、相槌を打って、共感してあげましょう。それだけで発信する側にとっては十分なのです。

では、また。

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