『Tomizo~僕と親方の造園日記』⑤馬鹿になれ
僕は物覚えが悪い。
人の名前もすぐ忘れる。
カーナビなしでは生きられない。
僕は仕事覚えが悪い。
何度も聞いたはずの男結びを
また親方に聞いてしまう。
そんな僕に親方は
毎回
初めて教えるかのように
淡々と要点を伝える。
「すいません、親方、何度も聞いてしまって」
親方はしばらく考えていた。
考えながら、途中何度かオナラをしたが、屁のことには一切触れず、親方は話だした。
「わしが教えることはなぁ、所詮、自転車乗りの方法じゃ」
「自転車乗りの方法??」
「わしは、子供が自転車に乗れるように、後ろで補助しとるお父ちゃんやな!
早く乗りこなせるようになりたかったらなぁ…
とことん!馬鹿になることや!」
「馬鹿になる??」
「馬鹿はなぁ、物覚えの悪い自分を受け入れとる。
分かるか?
だから、他人に聞いて聞いて聞きまくって、何回も何回もやってみるんじゃ。
そうするとなぁ、脳みそと体に染み込んで、考えんでも、勝手に体が動くようになるんじゃ」
「特に、お前のように元々庭に興味のないやつは、そう簡単に覚えられん!」
「あ、そうか」
「逆に、馬鹿になれんやつはなぁ、物覚えの悪い自分を受け入れんのじゃ。
他人の評価ばかりが気になってなぁ、自分が本当に聞きたいことが聞けなくなる。
それじゃぁ、時間ばかりくって、一向に乗りこなせんよなぁ」
「はい、確かに」
「だからなぁ、大事なのは、
今!お前の分からんことは、
今!聞けっちゅうことや。
明日!お前の分からんことは、
明日のお前が!わしに聞く。
たとえ、それが同じ質問だとしても、お前の脳みそと体には、今日と明日で2回刷り込まれるんじゃ。
その繰り返しじゃ。
だからお前は、
今だけに集中して、
馬鹿になれ!」
僕はこの言葉を聞いて、自分のことが恥ずかしくなった。
自分は、親方の評価ばかりを気にしすぎて、前に進めずにいたことに気づかされた。
そして、親方は優しく僕に言った。
「安心せぇ。
わしは、この結び方35回目でやっとマスターしたやつを、しっとるぞぉ」
「えっ!さ、35回も!?その方今どうしてるんですか!?今も続けてるんですか!?」
少しの沈黙の後、親方は言った。
「冨造と言う名前で、
庭師の親方やっとるわい!」
親方は笑って、
親指グーサインを僕に向けた。
秋の風にのって、
かすかに、自転車のベルの音が聞こえた。
子供達の楽しそうな笑い声と共に
ベルの音が
遠く、遠く鳴り響いていった。
僕は、どこまで遠くへ行けるだろう。
見たことのない景色を見れるだろうか。
今はただ
馬鹿になるだけ。
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