ぎんざものがたり1.3/アーニーパイル劇場03
現場の混乱は年明けも続いていた。米将兵とスタッフの間はかなり険悪な雰囲気になっていた。
結城支配人は何度もバーガー中尉に呼び出されていた。しかし一向に事態は進展しなかった。
1946年1月9日、連合国極東委員会が来日した日。第一生命にあったGHQ本部も、壮々たる委員一行を迎え入れる帝国ホテルも、朝から沢山の兵隊たちが緊張した面持ちで出入りをしていた。しかし隣に有った東京宝塚劇場は相変わらず開場の目途も付かず機能不全のまま硬直していたのだ。・・その日午後一番、いつものように結城は総支配人室に呼び出され、バーガー中尉の叱咤を受けていた。
その席にノックもなく兵士が飛び込んできた。「失礼します。民政局の方がいらっしゃいました!」
その兵士を押しのけて数人の将士と終戦連絡事務局の人間が入室した。バーガー中尉は発条仕掛けのように立ち上がり敬礼した。
兵士が椅子を用意したが座らなかった。
「ごくろう・・バーガー中尉。通達があってきた。」
「恐縮です!ダイク准将!!」
将士は右手をあげた。「民間人の前でも名前を言わなくてよろしい」
「失礼しました!!」バーガー中尉は直立した。
「元帥がとても気にしておられる。いつ劇場が始まるのか? 先日、元帥から質問があった。」
「申し訳ありません!早急に整備し開場いたします!!」
「ん・・たのむ。そこで1人、同道した。彼を採用することになった。」
ダイク准将が振り向くと、そこに終戦連絡事務局の人間と共に長身の日本人が立っていた。
「Mr.Michiro ito伊藤道郎君だ。今後彼がこの劇場の舞台監督総指揮をする。」
伊藤は前に進むと、バーガー中尉に握手を求めた。
「伊藤道郎です。舞台のことはぜひ私にお任せください。My name is Michio Ito. Please leave the stage to me.」
またも見事なキングスイングリッシュだった。バーガー中尉は息をのんだ。
「結城総支配人と伊藤君は旧知の仲だそうだ。ぜひ我々に素晴らしいステージを見せてほしい。期待している。」ダイク准将が言った。
「はっ!」直立不動のままバーガー中尉が敬礼した。
「それと・・実は元帥が映画をご覧になりたいと言っておる。・・ここの映画館は稼働するのかね?」ダイク准将が結城に聞いた。
結城は微笑みながら答えた。
「いつでもご利用になれます。技師もおります。会場も常に整備され清潔にしてございます。」
「よろしい」ダイク准将は深く頷いた。
バーガー中尉は直立不動のまま天井を見つめていた。
終戦連絡事務局の人間と結城の目が合った。終戦連絡事務局の人間が小さく微笑んだが、結城は笑わなかった。彼の頭には今後重なるであろうバーガー中尉の、遺恨から起きる嫌がらせが渦巻いていたのだ。
バーガー中尉は陰湿に恨むタイプだった。とくに伊藤や結城が端整なキングスイングリッシュでボキャブラリー豊かなことに嫉妬した。そのため陰に日向に彼らの足を引っ張るような命令を唐突に出し続けた。その年のクリスマス。突然隣の帝国ホテルに聳えていた樹齢数百年の杉の木を切って劇場の前にクリスマスツリーとして置け!と命令したこともそうだった。帝国ホテルの庭と劇場の正面玄関は20mと離れていない。それでもバーガー中尉は杉の木を切るように命令した。だれもその命令には逆らえなかった。
アニーパイル劇場の前に設えられた巨大クリスマスツリーの前で、バーガー中尉は至極ご満足な表情をみせた。だれも俺には逆らえない・・無謀な命令をすることでバーガー中尉は日頃の鬱憤を晴らしたのだ。
無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました