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小説特殊慰安施設協会#24/銀座ライオンビアホール開店

チケットは飛ぶように売れた。2000枚がほぼ一時間で完売となった。
 ビールは、R.A.A.にビヤホールを貸した日本ビール株式会社から、作り立てのものが樽で持ち込まれていた。ツマミの肉類・加工食品類も、警察の斡旋で業者から大量に持ち込まれて饗された。

ホールは、ごった返していた。しかしMPの目があるせいかランチキ騒ぎは起きない。そして閉店の時間になると、兵士たちは笑顔とともに三々五々と帰って行った。林穣は入り口で彼らを送った。最後の兵士たちが帰ると、林穣はMP二名とワッツ中尉に声をかけて席に座らせた。そして店用とは別に置いてあった樽から、ビールを注がせて千鶴子にそれを運ばせた。MPとワッツ中尉は大喜びした。
林穣は彼らと共の席へ着くと、グラスを持って言った。
「ありがとうございました。アメリカと日本の友好が、このビールと共に末永く続くことを祈って!」四人が乾杯した。千鶴子はその横に立って微笑んでいた。
『マンディ!君も呑みなよ。今日はスタートのお祝いだ。』ワッツが言った。
千鶴子は、ちょっと困った顔をして林穣の顔を見た。林穣は笑いながら立ち上がるとホールにいる従業員全員に言った。
「スタッフのみなさん。グラスを持ってください。そしてグラスにビールを注いでください。今日の日を迎えられたことを、みんなで祝いましょう!」
全員から歓声が上がった。林の言葉を千鶴子が通訳すると、MPとワッツ中尉は頷きながら笑った。
 手伝いに来ていたダンサーたちが忙しく準備をした。スタッフ全員が笑顔に満ちた。全員にビールが行き渡ったのを確認すると、林穣はもう一度立ち上がった。
「みなさん。お疲れさまでした。そしてこれからも是非是非、力を貸してください。R.A.A.キャバレー部を日本中のどこの会社より素晴らしい職場にしていきましょう!」その言葉を千鶴子は同時通訳した。林穣は続けた。

「私には夢があります。まだ誰にも話したことない夢です。今日という日だからこそ、皆さんにその話をさせてください。それは・・」林穣はいったん言葉を止めた。
「それは、R.A.A.が。キャバレー部が、可能な限り沢山の人々を雇用することです。
私は沢山の人々に仕事と報酬を手渡したい。R.A.A.の話を宮沢理事長からいただいたとき、私は一番最初にそのことを考えました。敗戦で、街には失業者が必ず溢れかえる。復員しても、この焼け野原に仕事はない。妻を子を持った男たちが仕事を得られまま、無数に路頭に迷う。そんな男たちを少しでも救いたい。R.A.A.という組織を作れば。私の手から仕事を手渡せるかもしれない。私はそう思いました。それが私が協会を立ち上げに携わった一番大きな理由なんです。
 私は、私が出来ることをしたい。そう思いました。そして皆さんという仲間たちを得まることができたのです。私はいま、ほんの少しだけ夢を叶えた・成功した・・とひそかに、自慢に思っています。」
そういったとき、スタッフ全員がグラスを置いて拍手した。千鶴子から通訳をしてもらっていたMPとワッツ中尉も立ち上がって拍手をした。

「ありがとう・ありがとう。もちろんもこれは私一人の力ではない。こうやって私の夢に従って全身全霊で助けてくれている皆さんのおかげです。とても感謝しています。
でもひとつ。私は心痛い部分があります。もう一つだけ、その話もさせてください。聞いてください。
 実は、私の夢は、皆さんに大きな負担を強いています。それは給与です。私は皆さんに分相応の給与のお支払いをしていない。申し訳ないと心から思っています。」林穣はそこまで言うと深々と頭を下げた。全員が沈黙したまま林穣の次の言葉を待った。
「でもしばらくの間、私の望みを叶えていただきたいのです。 私は、10人の方にお渡しする給与で15人に仕事を出したい。100人の方にお渡しする給与で150人の方に仕事を出したい。もちろん今後ともキャバレー部は事業拡大していきます。もっともっと沢山の人を雇います。それでも、もし私と共に働いてくれる方々が1000人になっても1万人になっても、私は可能な限り沢山の人たちを雇っていきたいのです。
 だから皆さんにお願いしたいのです。この仕事は独りで出来るなと思っても、ぜひ二人でやってください。チームは5人で充分だと思ったら、10人でやってください。可能な限り沢山の人に、我々の手で我々の仕事を分け与えましょう。
私のこの夢は、私の力だけでは叶えられない。皆さんのご協力無しでは叶えられないのです。ぜひぜひ・・」そういうと林穣は再度深々と頭を下げた。「私の夢を叶えさせてください。」
 ホールの中、全員が水を打ったように静かになった。
そのとき、ワッツ中尉がゆっくりと拍手を始めた。ゆっくりとゆっくりと。しかし響くような大きな音で。それに誘われるように全員が怒涛のように拍手した。深々と下げた頭を林穣があげた。その顔は涙でグシャグシャになっていた。

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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました