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閑話夜話その8/「合理的」という名の神

20世紀初頭に登場した新興宗教が今、世界を席巻している。その「宗教」の信者たちは盲信的です。他の神を受け入れない一神教です。
「神」の名前は「合理的」と云います。**教とは云われていませんが、これは間違いなく「宗教」です。

そしてこの新興宗教の信徒は、オノレの教義に合わないものを「それは合理的でない」と云う。この呪文は強力で、大抵の宗教(諸神)はこの一言の前にひれ伏す。
ロジカルシンキングという技法を信奉し、これを駆使して折伏します。

ではでは、聞きたい。
「合理的」は、あなたを幸せにするのですが?
「合理的」は、あなたに安寧をもたらすのですか?
あなたの幸せと安寧は、合理的だと得られるのですか?
たしかに合理的でないと不便なことは多い。色々些事問題が生まれてくる。しかしそれがそのまま「幸せでない」ことには繋がらない。僕はそう思ってしまいます。

「合理的」であることは、方法です。ロジカルシンキングは技法です。それを人生の目標にしたり、目的にするのは・・ある種フェティックな世界のように僕は思うのです。偶像拝物信仰ですね。エルメス、好き!飛行機、好き!それに囲まれて埋没出来れば、ソレで幸せ・・こうしたものと同義のように思ってしまいます。

ずいぶん昔の話ですが、英国に自分が作った模型の機関車に恋して、ソレと結婚できないことに悲観して、崖の上に線路を引いて機関車と共に飛び降り自殺をした男が居ました。
偶像崇拝は、人が陥りやすい無明地獄です。やはり「道具」は「道具」として置いておく方が良いかと僕は考えます。

もし「それは合理的でない」と、口に出そうになったら・・ひと呼吸おいてください。「合理的」という神にオノレが染まっていないか否か?それを口にすることで、相手を自分を仲間の幸せと安寧を示唆できるのか??

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました