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深川佐賀町貸し蔵散歩#02

清澄白川で大江戸線を降りて清澄通りから区役所通りに入った。
「いまは江戸資料館通りと云うんだ。前は区役所通りな。江東区役所は此処にあった。そのせいで今でも色んな出張所がこの辺に固まってる。・・入り口のところに"鶯の糞(ふん)"を売ってる店があった」
その店の前を通った。

「鶯の糞って、私の母親の世代だわ」
「そうでもない。いまでも売ってるよ。美容文化社の"うぐいすの粉"がそれだ」
「うぐいすの粉?糞じゃないでしょ??」
「いや、原材料は鶯の糞だ。乾燥して粉末状にしてる。糞という言葉が聞き難いから"粉"にしてるんだろうな」

日本化粧品技術者会は、こう書いている。
「ウグイスが排出した糞を天日乾燥後、紫外線殺菌し粉末状にしたもの。肉食の野鳥であるウグイスは腸の中に非常に強いタンパク質分解酵素をもっており、かつ腸が非常に短いため、タンパク質や脂肪の分解酵素や漂白酵素などが糞に多く含まれたまま排出され、これらが肌のタンパク質汚れや脂肪を溶かし、肌のしみ、そばかすに作用するといわれている。昔からウグイスの糞は、和服の模様抜きやしみ抜きとして使用され、この作業をする染色職人の手の色が一様に白いことから、ウグイスの糞を美白剤として化粧品に使用してきた.平安時代の書物にもウグイスの糞を洗顔料として使用していたとの記録が残っている。製剤化には乾燥させたウグイスの糞にタルクなどの賦形剤を配合して、粉状にしたものが多い.おもに泡立てた石けんや洗顔料に混ぜて使用するが、使用時には独特の臭いがやや感じられる。」

霊厳寺の前を通った。
「新川を歩いたとき、霊岸橋って有ったろ?昔、霊厳寺はあスこにあった。明暦の大火でお寺さんと大名屋敷の住み替えが大幅に実行されたとき、こっちへ移されたんだ。移ったころには、もう地面は有った。たいしたもんだ」
「地面が有った?・・なかったの?
「ああ、なかった。家康さんが大挙引き連れた江戸にいらした頃は、この辺は葦簀っ原だ。遠浅で葦と小魚と野ざらしの里だ。 
鐘がボンとなァりゃサ 上げ潮ォ 南サ♪
ってやつだ」
「やめてよ。外国の人が通りすがりにわらってるわよ」
「文化交流だ。なんだったら全部歌ってやる。
カラスがパッと出りゃ コラサノサ 骨がある サーイサイ♪
♪そのまた骨にサ 酒をば かけりゃサ骨がべべ着て コラサノサ 礼に来る サーイサイ♪
そらスチャラカチャン たらスチャラカチャン♪♪
ってぇもんだ・・おいおい、どんどん先行くな・・亭主忘れてるぞ。そこの奥さん」

週末の深川江戸資料館は意外に盛況だった。まあ、でも中高齢者ばっかしな。若者は清澄白河あたりで上げ潮のゴミみたいなもんで引っかかっちまうのかもしれない。区役所(江戸資料館)通りの寂れぶりは思った以上だった。小ぶりのお土産屋がいくつかあるだけで生活商店街としてもほとんど機能していないみたいだった。
「子供たちが小さいときに来た以来だわ」入館料を払いながら嫁さんが言った。
「ここは、江戸時代の佐賀町を再現したジオラマが売りなんだ。
館内に入ると、少し暗い旧い軒並みを上から見下ろすような展示法である。階段を降りるとそのジオラマの中に入るという趣向だ。


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました